俺は一人暗闇の中を歩いていた。
後ろから誰かが追いかけている。
泣きながら俺の名を呼んでいる。
しかし俺は振り向く事もせず、ただ前だけを見ていた。
やがて小さく響く叫び声が響いた。
思わず振り向いたその先には花吹雪が舞っている。
花吹雪の中から差し伸べられる小さな手。
俺はただその手が消えていくのを黙って見つめていた。
後に残されたのは…
暗い闇と桜の花びら、そして激しい後悔と胸の痛み…。
目を開けると自室のベッドの上だった。
どうやら夢を見ていたらしい。
「うなされていたのか…。」
体中にベットリと嫌な汗がまとわりついている。
ひどく懐かしい気がした。
「あの時も…俺が突き放したんだったな。大切にしていた…を…って…たかが夢の話だろ?何言ってんだ、俺は。」
苦笑いを浮かべながらベッドを降りる。
今しがた見た夢がどうしても脳裏から離れない。
夢の中で俺を追いかけていた小さな影。
「あいつに似ていた気がするな。」
『土方さん。』
笑いながら俺の名を呼ぶ小さな桜の花。
「声が聞きたい…顔が見たい…な。」
そう呟いても叶う事はない。
自分で手放した。
傷つけないようにと。
これ以上あいつを傷つけるのならいっそ…冷たく突き放してしまえばいいと。
最後に見た泣き顔が忘れられない。
「これ以上泣かせないために別れたのに…最後はあんなに泣かせてよ。ふっ…何やってんだ、俺は。」
窓のカーテンが揺れ、冷たい風が吹き込んできた。
どうやら窓を閉めずに寝てしまったらしい。
カーテンを開けると一層冷たい風が俺の頬をなぶる。
「雨…か。」
激しい雨粒が庭の桜の木を濡らしている。
「この雨は…あいつの涙なのかもしれねぇな。」
窓際に置きっぱなしにしていた煙草を手に取った。
しかし雨が吹き込んでいたせいで、煙草はじっとりと湿気を帯びている。
「罰として禁煙しろって事かよ。」
苦笑しながら煙草をゴミ箱へ投げ捨て、上着のポケットから新しい煙草を取り出す。
火をつけゆっくりと紫煙を吐き出した。
『あ~また煙草吸ってる!』
そんなあいつの声が聞こえてきそうだ。
『土方さんはホントにヘビースモーカーですね。健康のためにも少しは我慢した方がいいですよ。』
『我慢ねぇ。我慢なら何時でもさせられてるんだがな。』
『そうですか~?土方さんは遠慮のないしゃべり方だし、いつも怒ってるし、機嫌悪いと物にあたるし…全然我慢してないですよ。』
『おいおい…そのくらいは勘弁してくれよ。これでも相当の苦行を強いられてるんだぞ。』
『ふ~ん…。そっか…土方さんは毎日お仕事が忙しくてすごいストレス感じてるんですもんね。う~ん…煙草は気分転換になるから仕方ないかな。』
そう言いながら取り上げた煙草を差し出し、俺に笑いかける。
『でも…一本でもいいから控えてくださいね。』
「お前に会ってから相当煙草の本数を減らしたんだがな…元の木阿弥だ。お前がいない分煙草に頼らないと落ちつかねぇ。」
灰皿に煙草を押し付け、再びベッドに潜り込んだ。
泣き顔でもいい。
願わくばもう一度。
夢の中でもいいからもう一度だけ…あいつに会えるように。
そんな事を考えながら、俺は再び眠りについた。