「はぁ…。」
「先輩、これで何回目ですか?」
ゆきちゃんに声をかけられ、今日何度もため息をついている事に気がついた。
「ごめん。ため息ばっかりだね。」
そう言いながら手荷物に目線を走らせる。
大きなペーパーバッグと少し小さいペーパーバッグ。
大きなペーパーバッグにはチョコレートの箱がいくつも入っている。
小さめのペーパーバッグの中をそっと覗きこんだ。
「…はぁ…。」
「先輩…まさか、土方さんにあげるチョコを忘れてきた…とかじゃないですよね?」
「ちっ違うよ。ちゃんと持ってきた。」
遅ればせながら、今日はゆきちゃんと一緒に桜花のみんなへバレンタインのチョコを持って行くのだ。
2月14日のバレンタインデー当日は私達は残業だった事もあるし、桜花は昼も夜も忙しくなると聞いていたから。
「ちゃんと持ってきたよ、昨日焼いたガトーショコラ。初めてにしては上手く出来たと…思うよ。」
ちゃんとケーキの箱に入れて、リボンもかけてきた。
ちらりとガトーショコラの横にある、小さな包みを見つめた。
「…ふぅ…。」
「だ~か~ら~。」
「ごめんごめん。味見してないからちょっと心配で…。」
ゆきちゃんとじゃれあっているうちに、最寄のバス停に到着した。
バスを降りると、まだ少し寒い風が頬を撫でる。
手荷物を見てまたため息が漏れそうになったけど、なんとか寸前のところで飲み込んだ。
「じゃあ行こう。」
私とゆきちゃんは仲良く並んでお花屋さんへと足を向けた。
「いらっしゃいませ…って…こんにちは。コロボックルちゃん、ゆき。」
「いやん。沖田さん、こんにちはぁ~。」
真っ赤な顔をしてはしゃぐゆきちゃんの隣で、私は沖田さんに軽く頭を下げる。
(あれ…いない?)
店内をキョロキョロと見回していると、沖田さんが私の肩を軽く叩く。
「クス…あっちだよ。今はちょうど休憩中。」
そう言いながらStaff Roomを指差した。
「あっ…いえ…今日はみんな揃ってるのかな~って…。永倉さんはさっきコンビニで会ったから直接渡せたけど…やっぱりみんなに手渡ししたいし…。」
「肝心な人に手渡し出来なかったら意味ないでしょ?」
心の中を見透かされた事に気がつき、恥かしくなって下を向いた。
「今日みんながいるかどうかは、メールで確認済みなんじゃないの?みんな楽しみにして待ってたよ。もちろんあの人もね。」
沖田さんの大きな手が私の背中をそっと押した。
「一人だけ明らかに違うモノを渡したら、みんなにからかわれるんじゃない?ほら、今のうち。なんなら僕もついて行くけど?」
「いい…いいです!一人で行きます。」
悪戯に笑う沖田さんに軽く会釈をして、私はStaff Roomへと足を向けた。
扉を軽くノックしてみる。
「開いてる。」
相変わらずの少し不機嫌そうな声に、少し笑いが漏れた。
「失礼します。」
中を覗きこむと、食事をしながら書類をチェックしている歳三さんがいた。
「あっ…忙しいのにごめんなさい。」
「ethlinよく来たな。悪い…散らかしている。適当に座れ。」
「手伝います。」
慌てて書類をかき集める歳三さんに駆け寄り、書類の順番を崩さないように丁寧に重ねた。
表紙らしき紙が目に入った。
(June Bride 6月の花とウエディングブーケ特集…結婚…)
胸がチクリと痛んだ。
(歳三さん、みちるさんと籍入れたのかな。そのあたりは正直すごく気になるけど…聞くに聞けない。みちるさんの事情は全然よくわからないし、それにすごく大変な事みたいだし。それに赤ちゃん…もうすぐ生まれるよね。)
複雑な顔をしていたのだろう、歳三さんが私の頭を軽く撫でた。
「なんて顔してんだ。今日は俺に渡すものがあって来たんだろ?」
はっと我に返り、顔を上げた。
「誕生日もクリスマスも…間が悪くてお前からは何ももらってないからな。正直…楽しみにしていた。」
歳三さんには珍しく、照れくさそうに笑っている。
今は…今だけは私にだけくれる…優しい笑顔。
「はい。えっと…お口に合うかわからないんですケド…。」
おずおずとケーキの箱を手渡すと、さっそく丁寧にリボンを外して中を覗きこんでいる。
「ガトーショコラか。ethlin、お前自分で焼いたのか?美味そうだな。」
箱から取り出し、少し切り分けて口にしている。
「どうですか?」
「美味い。本当に美味い。お前、デパート辞めて斎藤に弟子入りしたらどうだ?」
「本当に美味しいですか?生地…パサパサしてません?」
「なんだ、お前味見してないのか?ほら…口開けろ。」
ガトーショコラを一切れ、口元に差し出された。
「じっ自分で食べれますよ。」
「遠慮するな。ほら、口開けろ。」
恥かしい気持ちでいっぱいだったけど、言われた通り素直に口を開けた。
「…んん!おいひぃ!」
「だろ?カカオの苦味と甘さもちょうどいい。」
モグモグと口を動かす私を見て、歳三さんがふっと笑いを漏らす。
「?」
「ethlinお前…口の端にチョコがついてる。」
慌てて口を拭うよりも先に、歳三さんの長い指が私の口をなぞるように触れた。
「お前はいつも口の周りに何かつけてるな…ガキみてぇによ。」
恥かしさのあまりに下を向いた。
どうして私はこんなにも子供っぽいんだろう。
どうしてこの人とつり合うように生まれてこなかったんだろう。
どうして先に…みちるさんより先に…この人に出会えなかったんだろう。
「どうした?」
歳三さんがそっと顔を覗き込む。
「お前、何か隠してるだろ?」
膝の上の手がビクッと震えた。
「隠すな。いや…隠さないでくれ。これ以上一人で…苦しまないでくれ。」
歳三さんが辛そうな顔で私を見つめている。
胸が苦しい。
これが正しいのかどうかわからない。
誰にも相談出来なかった。
ゆきちゃんにも…おねぇにも…。
(でもこれ以上…足踏みしていたら…)
意を決し、テーブルの手荷物の中から小さな包みを取り出した。
「みちるさんに…。」
震える声を抑えながら、小さな包みを差し出した。
「これをみちるさんに渡して下さい。美味しくないかもしれないけど、野菜のクッキーです。秋祭りの招待状をもらったのに…お菓子を用意して待ってるって言ってくれたのに…行けなくてごめんなさい。また良かったら誘って下さいって。お詫びとお礼を兼ねて、私からみちるさんへのバレンタインのプレゼントです。」
「…」
歳三さんの顔を見ることが出来ない。
怖くて顔が上げられない。
沈黙が…怖い。
「迷惑だったら…。」
「ありがとう。」
「…」
「ethlin…ありがとな。」
テーブルが歪んで見える。
目から熱いモノがこみ上げてきて、顔を濡らす。
口からは嗚咽しか出すことが出来ない。
泣き顔を見られたくなくて、私はますます顔を上げる事が出来なくなってしまった。
「ありがとう…。」
震える、少しかすれた声が耳元に響く。
「ethlin…ありがとう。」
大きな手が私の頭を引き寄せる。
私は泣き顔を隠すように、その広い胸に顔を埋めた。
これが私が出した答え。
みちるさんへの想いを消せずにいる、歳三さんへの答え。
歳三さんへの想いを消せずにいる、自分自身への答え。
私の初めてのバレンタインデーは…少し苦くて切ない。
ただ…
私の背中を優しく擦る大きな手が
私の耳に届く貴方の言葉が
私の心にあたたかい勇気をくれる。