西洋菓子顛末記 ~ Baby Breath Ⅵ ~ ② | ethlinの煩悩毛だらけ

ethlinの煩悩毛だらけ

煩悩さらけ出し日記

美容院から出て、ウインドウに姿を映し自分の姿をチェックしてみる。


「エヘヘ…久しぶりのショートカット、スッキリしちゃったな。伸ばしかけの髪を切るのは少し躊躇したけど、でも…心機一転したかったし!」


去年は本当にいろんな事があった。


嬉しい事がたくさんあった分、悲しくなる事ももちろんあった。


でも、私は前へ進まなくてはいけない。


自分で決めた事だ。


私はもっと強くならなければいけない。


「じゃないと………は出来ないもん」


あの時、流れ星が私にくれた、ほんの少しの勇気ときっかけ。


時計をチラリと見て時間を確認する。


まだ少し時間がある。


「…どうしよう…でも…うん…思い切って…そうだよ、『思い立ったが吉日』って言うもんね。」


私は元気よくバス停へと歩き出した。











一人でこの辺りに来たのは久しぶりだ。


ハロウィンパーティーの時や初詣の帰りに皆で来たけれど、自分の意思で自分の足でここに来たのは、あの秋以来だった。


緊張で少し胸が痛くなる。


(大丈夫…私は強くなれる…)


もう一度ガラス越しに姿をチェックしてみた。


「…ショートはいいんだけど…この格好はやりすぎだったかもしれない…」


カーキ色のミニタリーコート、本物を中古で買った軍パン、お気に入りのDr.Martens10ホールの赤いブーツ、上は綺麗な色目の紫のVネックセーターを合わせてきたが、コートに隠れて中は見えない。


「こんなに切るつもりじゃなかったから、かわいい格好より少しハードな方がいいかな~と思って合わせたけど…どうしよう…ここまで来たけど…でも…ううん…行こう!。」


くじけそうになる自分の心を奮い立たせ、私は桜花へと歩き出す。


桜花は相変わらずたくさんのお客様が来ているようだ。


駐車場から一台車が出たと思ったら、また一台入って来た。


(歳三さんいるかな…連絡しないで来ちゃった…それにこの前いきなりメールしたっきりだしな…)


駐車場の止まっている黒っぽい車を一瞥しながら、私はお花屋さんの出入り口へと近づいた。


中をそっと覗きこむ。


(原田さん…接客中。沖田さんは…いない。永倉さんも…いないや。山南さんは…ブーケ作ってる。近藤さん…相変わらず元気そうだな。歳三さんは…)


「ethlinちゃん、こんにちは。久しぶりだね。」


急に声をかけられ、体がビクッっと震えた。


声のした方を振り向くと、エプロンをした源さんがニコニコと立っていた。


「いらっしゃい。初詣以来だね。ずい分髪を切ったんだね。別人かと思ったよ。」


「源さんこんにちわ。えっと…変…ですか?」


ショートは何度か経験しているから、自分は違和感がまったくないけれど、やはり他人の評価は気になる。


自信なさ気に聞いてみると、源さんはニコニコと笑いかけてくれた。


「すごく似合っているよ。少し伸びた髪は女の子らしくて素敵だったが、短い髪も似合うね。表情がより明るく見える。」


「よかった。」


ほっと一息つき、源さんが身につけている『Shine brightly桜花』のロゴの入ったエプロンをマジマジと見つめた。


「源さん、今日はお花屋さんなんですか?えっと…沖田さんがお休みとか?」


「ethlinちゃん…残念ながら今日は土方君がお休みなんだよ。」


「えっ!?」


ガッカリしたような…でも少しだけホッとしたような…複雑な気持ちで胸がいっぱいになった。


(今は会うときじゃないって事なのかな…。)


あまりにも落胆した顔をしてるのだろうか、源さんは苦笑いをしている。


「せっかく来たのに残念だったね。…そうだ、私じゃあ役者不足だろうが…お茶の時間に付き合ってはくれんかね?慣れない立ち仕事は疲れるからね、少し休憩して甘いモノでも食べようかと思っていたんだよ。」


こんなおじさんとじゃあ、つまらないだろうがね…と笑う源さんの手を取り、私は元気よく答えた。


「ううん、嬉しいです!源さんとお喋りするのは久しぶりだし。私なんかが相手でよかったら是非ご一緒させてください。」


「そうかい、そうかい。じゃあカフェでお茶にしよう。ご馳走するからethlinちゃんの好きなモノを頼むといい。」


私と源さんは隣のカフェへと移動した。











「いらっしゃいませ…」


カフェのドアを開けると、斎藤さんの少し無愛想な声が聞こえた。


「斎藤さん、こんにちわ。」


「あんたは…。会うのは初詣以来だが、あんたがここに来るのは何ヶ月ぶりだろうな。」


相変わらず無口であまり多くを語らない斎藤さんだけど、私を歓迎してくれているのがよくわかる。


「あんたが来ない間に少しカフェのメニューも変わったが、あんたの好物のショートケーキは変わらずに用意している。季節のタルトもあんたの好きないちごだ。源さんのおごりだろう?好きなモノを選ぶといい。」


「はい!斎藤さんのスイーツ食べるの久しぶり♪定番のショートケーキもいいけど、季節のタルトも捨てがたいな~。」


私は早速ショーケースの中を覗きこんだ。


「ショートケーキ♪ショートケーキっと…ん?えっ…なんで???」


私はショーケースにへばりつき、目の前のケーキを何度も見直した。


「ちょっ…ちょっと斎藤さん!これ…これ…どういう事ですか~!!!」


「見ての通り…ショートケーキだが…何か不都合でもあるのか?」


「不都合も何も…なんで三角から四角になってるんです?それにこれ!これ!低脂肪クリームを使用って…どーいう事ですか!!!」


「まずは形状の問題だが、四角の方が持ち帰りの時に収まりがいい。そして皿に盛った時、ソースを添えるとなると三角より四角の方が見た目が美しいと言う結論に達した。次にクリームの件だが、生クリームと言うものはカロリーが非常に高い。このカフェを利用する客層の8割以上が女性客だ。女性とダイエットの問題はけして切り離す事の出来ない永遠のテーマだ。ゆえに比較的カロリーの低い低脂肪のクリームを…」


「だーーー!!!違う!違う!そんなの違うーーー!!!そんなのショートケーキじゃないーーー!!!」


私は怒りのあまりに、斎藤さんの言葉を最後まで聞くことが出来なかった。


「イイデスカ?クリームなんてどうやったってカロリーが高いですよ!ダイエットしたい奴はケーキを食うな!食うならダイエットするな!他で節制するなり運動すればいーんです!!それにソースなんてそんなモノ無用ですよ!せっかくのスポンジ生地が濡れて台無しになるじゃないですか~。それから形!ショトケーキは三角なの!んで上にちょこっと生クリームが絞ってあって~その上にいちご!それから三角の広い面には生クリームです!四角にしたら周りの生クリームがなくなっちゃうでしょーーー!!!ショートケーキの醍醐味は…一にスポンジ生地の美味しさ、二にいちご、三に生クリーム!!も~!!どれがかけてもショートケーキじゃないんだから~!!!」


興奮のあまりに酸欠になりかけたその時、急に首の辺りを持ち上げられ体が少し浮いた、と同時に耳元に大きな怒鳴り声が響いた。


「こんの…クソガキが!ろくに味もわからねぇくせにベラベラ講釈たれてんじゃねぇ!!ガキは大人しくコンビニかスーパーのケーキでも家で食ってろ!!」


「ごっごめんなさい」


わけもわからずとっさに謝った。


(何?何なの?)


やがてコートを掴む力が緩まり、浮いていた体が元に戻る。


私は怖くて涙が出そうなのを必死に堪えながら、恐る恐る後ろを振り向いてみた。


「へ?とっ…歳三さん!?」


「って…お前…」


そこには酷く驚いた顔をした歳三さんがいた。


そしてしきりに私の髪を目を白黒させながら見つめている。


「ethlin…お前…髪はどうした?」


「さっき美容院に行ってきて…。」


(やっぱり似合わないんだ…どうしよう…。)


前へ進むんだと…強くなるんだと決めたばかりなのに、目から涙が溢れそうになってくる。


やっぱり私は変わらない…弱い自分のまま、変われないんだ。


斎藤さんにお礼を言われ、何とか「はい」と返事をすると斎藤さんはカウンターの中に戻って行ってしまった。


(源さん…源さんは行かないで。ちゃんと傍にいて~。)


しかし源さんも『お役御免』とか言って仕事に戻ってしまう。


(嘘…源さん…私を一人にしないでよ~。)


心の中が不安とやるせなさでいっぱいになった。。


気を抜けば泣き出してしまいそうだ。


泣くまいと体に力を入れれば入れるほど、私の体はプルプルと震えだす。


(泣いちゃだめだ…泣いちゃ…。)


必死に涙を我慢をしているその時、目の前の歳三さんがいきなり声を上げて笑い出した。


「なっ…なんなんですか!?もーーー!!」


(???こっちは泣きたいのを必死で我慢してるのに何なの!?)


しかし私が怒れば怒るほど、なぜか歳三さんの笑いは止まらない。


「気がつかねぇか?」って言われたって、わかるわけないじゃない!


さらに追い討ちをかけるように、歳三さんは酷い言葉を口にする。


「お前のその膨れっ面…ぼたもちみてぇだな。」


(なんで?なんでそんな酷い事ばっかり言うの?)


歳三さんは暴れる私を止める事もせず、さらに言葉を続けた。


「こら、暴れるな。褒めてんだよ、これでも。その辺の着飾った笑顔よりよっぽどいい。」


(何でわけわかんない事ばっかり言うの?なんで…ひどい事ばっかり言うの?なんで?………あっ…あれ…もしかしてこれって…。)


「気がついたみてぇだな?」


顔をあげると、歳三さんがニヤリと笑った。


「歳三さんと…歳三さんと最初に会った時の…。」


私と歳三さんは去年の5月の半ば頃、偶然出会った。


お店に迷い込んだ私を悪戯をしに来た子供と間違えたらしく、いきなり後ろから怒鳴られて…私は怖くて泣き出してしまった。


(そっか…最初だ…最初に戻ったんだ。最初から…やり直せばいいんだ。)


最初に会った時のように、歳三さんが少しかかんで私に優しく声をかける。


その言葉に小さく頷くと、歳三さんが私の手を取って歩き出す。


二度目にホストクラブで会った時も、こうやって手を握ってくれた。


不安でいっぱいだった時も、沖田さんに意地悪を言われて立ちすくんでいた時も…。


あの時と変わらない、大きくて温かくて、私を守ってくれる優しい手。


この人は強くて無愛想で不器用で、少し怖い顔をしている。


でも本当は心に傷を負っていて、その傷を癒せずにいる少し寂しい孤高の狼だ。


だから私は変わりたい。


私はもっと強くなりたい。


この人の心を守れるように。


顔をあげると優しい笑顔を向けられた。


薄紅の花びらがふわりと舞う。


あの時のように…桜の花が私の心にふわりと舞う。


私の大切で大好きな桜の花が…私の心に舞い降りた。