「新八の野郎…くっそ!!」
俺は苛立ちを隠すことなく、手にしていた紙をゴミ箱に叩きつけた。
衝撃でゴミ箱が倒れ、赤で〇×などが書き込まれた紙が数枚バラバラと散らばった。
「俺のファイルにてめぇの私物なんて挟むんじゃねぇ!!」
今日は休日だ。
しかし花屋の方で進めている企画の締め切りが差し迫っていたため、今日仕上げるつもりで持って帰ってきた…ハズだった。
俺が使っている薄青のクリアファイルの中には仕事とはまったく関係のない、新八の競馬情報が入っているだけだ。
念のために鞄をひっくり返し中を改めてみたが、ファイルはコレ一つしか入っていない。
「やっぱり入ってねぇな…。休みの日に顔を出すと近藤さんと山南さんがうるせぇが、今日仕上げて明日左之助に目を通させないとまずい…仕方がねぇ、取りに行くか。」
俺は車のキーとコートを手に取り、マンションを出た。
すぐに出られるよう、表の客用の駐車場に車を止めた。
車から降りるとミニタリーコートを着た少年の姿が視界に入った。
迷彩模様のパンツに脛まで縛り上げたブーツを履き、短く切った髪を時々気にするように指で触りながら花屋の中へと入って行く。
(ミニタリーマニアのガキが、何色気ついて花なんか買いに来るんだよ…)
花屋の入り口を一瞥して、俺は裏口へと急ぐ。
Staff Roomのドアを開けると、総司が昼食を取っている最中だった。
「あれ?土方さん。今日は休みじゃなかったっけ?休日にここに来ても…クス…あの自転車の出番はまだ2~3ヶ月は後なんじゃない。それともあの子に会えないから代わりに自転車に話かけに来たとか?」
「新八はどこだ?」
総司の言葉を軽く無視して俺は机の上の書類を漁ってみたが、肝心のクリアファイルは見つからない。
「新八さんなら今日は配達に出かけたよ。どうしても今日はここにいたくないんだって。クスクス…なんでかな?」
「くっそ!あの野郎どこにやりやがった!?」
総司の言葉にさらにイライラを募らせ、俺は机を力任せに叩きつける。
「土方さんが探しているモノってコレじゃない?」
総司がスチール棚から薄青のクリアファイルを取り出し、俺に差し出した。
「新八さんが土方さんが来たら渡して欲しいって…クスクス…帰ってすぐに気がついたみたいだよ。今朝は誰よりも早くお店に来て、慌てて配達に出て行っちゃった。お昼過ぎにやっと気がつくなんて…土方さん、今朝はよっぽどゆっくりだったんだね。」
総司の手からファイルを奪い取り、中を確認した。
「昨日は夜の仕事があっただろうが…それに俺だってたまには朝寝坊くらいする。」
「そっか~そうだね、BBちゃんからの朝のおはようメールが来なくなったから…クス…土方さんの眠りを邪魔する人なんて誰もいないもんね。」
「総司!てめぇ…」
「あっ!時間だ。僕今日はカフェの方にいるんだ。山崎君と交替しないとだから…じゃ♪」
総司は軽い足取りで俺の目の前をすり抜け、Staff Roomを後にした。
ファイルをテーブルに投げつけ、煙草に手を伸ばす。
ソファーにもたれ掛かるように身を沈め、ポケットから携帯を取り出した。
数日前に突然届いた一通のメール
From:BB
Subject:こんばんわ。
今、流れ星を見ました。
お願い事は出来なかったけど、光る小さな星に前へ進む勇気をもらいました。
流れ星は歳三さんの元にも辿り着きましたか?
「あぁ…星の光は俺の元に辿り着いた。」
俺の大切な小さな白い花。
食いしん坊で泣き虫な俺のBB。
この欲深い俺の望みを叶えてくれるのなら…俺はどんな事も甘んじて受けよう。
「だから…だから早く帰って来い。ここに…桜花に…。お前の居場所はここにある。お前に…会いたい。」
そんな感傷的な時間も、次の瞬間慌しいノックの音でかき消されてしまった。
「副長、お休みのところを申し訳ございません。」
「山崎か…どうした?」
「あの…実はカフェに…」
山崎は言葉を詰まらせ、黙りこくってしまった。
「なんだ?カフェでトラブルでも起きたのか?」
「いえ…トラブルと言うほどの事でもなく…その…沖田さんが…副長を呼んできた方がいいと…そうおっしゃるので…」
(なんだって言うんだ…総司の奴。俺が休みで資料を取りに来ただけだって知ってんだろうが…。)
詳しい状況はわからねぇが、とにかくカフェへ向かうのが先決だ。
俺は山崎とともにカフェへと向かった。
「食い逃げか?散々食った挙句に『金がない』とか言ってんのかよ。」
「いえ、まだ召し上がる前ですが、少しケーキの事で斎藤さんと揉めて…いえ、揉めているのではなく…その…ケーキの形状がどうだのクリームがどうだとか…。」
(ちっ…最近流行のグルメ気取り野郎かよ。)
カフェのドア越しに店内に目を凝らすと、ケーキのショーケースの前にあのミニタリーマニアのガキがいた。
隣に源さんがいるが、ガキの暴走を止められず呆然としている。
その前にいる斎藤は何かたしなめるように言葉をかけているが、ガキは地団駄を踏んで暴れている。
(ガキのくせにいっちょ前のグルメ気取りかよ。女も連れずに一人でケーキ食いに来た奴が偉そうな口たたくんじゃねぇ!!)
イライラにイライラが募り、気がつけば俺はカフェのドアを開けるなりガキのコートの首根っこを掴んで声を荒げていた。
「こんの…クソガキが!ろくに味もわからねぇくせにベラベラ講釈たれてんじゃねぇ!!ガキは大人しくコンビニかスーパーのケーキでも家で食ってろ!!」
「ごっごめんなさい」
聞き慣れた声が耳に入った。
いや…空耳だろう。
俺の目の前にいるのは、ただのミニタリーマニアのクソガキだ。
そんなハズはねぇ…。
コートを掴む力を緩め、そっと顔を覗き込む。
と、同時にクソガキがゆっくりと俺の方を振り向いた。
「って…お前…」
「へ?とっ…歳三さん!?」
目の前にいたのは…ethlinだった。
もうすぐ肩につきそうなくらいに伸びていた髪はバッサリと切られている。
そして相変わらず泣きそうな顔で俺を見上げていた。
「ethlin…お前…髪はどうした?」
「さっき美容院に行ってきて…あっ…やっぱり似合わないデスか…。」
ethlinは頭を項垂れ、髪をしきりに気にしている。
「似合わねぇとかそんなんじゃねぇ…なんだ…その…。」
(会いたいと思っていたところに急に現れるから…俺の心の準備が出来てねぇんだよ。)
バツが悪そうにしている俺に、斎藤が声をかけた。
「副長、今ショートケーキについて貴重な意見を頂戴していたところです。やはり反対意見も聞くことが大切だと気がつきました。ethlin感謝する。あんたのそのショートケーキに対する情熱…しかと受け止めた。」
「はっ…はい…ありがとうございます。」
「おやおや…土方君が来たのなら、私はお役御免だね。じゃあ仕事に戻るとしよう。ethlinちゃんゆっくりしていきなさい。」
ethlinは斎藤と源さんに頭を下げると、そのまま黙りこくってしまった。
涙を我慢しているのだろう、唇を食いしばり目に力を入れてプルプルと小さく震えている。
(泣くな…俺はこれ以上お前を泣かせたいんじゃねぇ…俺は…)
何か声をかけてやりてぇが、うまい言葉が見つからない。
(俺は結局コイツを泣かせるしか出来ないのかよ…怒鳴りつけて、怖がらせて、泣かせて…ん?…ちょっと待て…)
「………ふっ…くくくっ…そうか…ふっ…はははははっ…」
しばらく考え事をしているうちに俺は笑いがこみ上げてきて、とうとう我慢出来ずに笑い声を上げてしまった。
「なっ…なんなんですか!?もーーー!!」
泣きそうな顔をしていたethlinが、今度は真っ赤な顔をして頬を膨らませ、俺の体を拳で叩きながら暴れだした。
その様子があまりにも可笑しすぎて、俺の笑いはますます止まらなくなる。
「気がつかねぇか?」
「何がですかーーー!!!」
「お前のその膨れっ面…ぼたもちみてぇだな。」
「えぇぇ~ひどい!」
期待通りの返答に、俺は笑いを堪えるので精一杯だ。
だったらこの後の俺の言葉は決まっている。
「こら、暴れるな。褒めてんだよ、これでも。その辺の着飾った笑顔よりよっぽどいい。」
ethlinはさらに暴れて2~3度俺の体を強く叩いたが、ピタッとその動きを止めて俺の顔を見つめた。
「あっ…」
「気がついたみてぇだな?」
ethlinの目が大きく見開かれた。
「歳三さんと…歳三さんと最初に会った時の…。」
去年の5月も半ば頃、俺とethlinは偶然出会った。
それはお互いに最低最悪の印象を植え付けるような…そんな出会いだった。
「そうだ。今ほどじゃなかったが、あの時もお前の髪は短くて、桜花に迷い込んだお前を見つけた俺はクソガキが悪戯しに来たのと間違えて、捕まえていきなり怒鳴りつけた。」
「歳三さんは私を慰めてくれたのに、私…歳三さんが怖くてさらに泣いちゃったんですよね。」
顔を見合わせると、ethlinから笑顔がこぼれた。
「ふふっ…じゃあ最初からですね。」
「そうだな…最初からだな。」
笑うethlinを見ていると、俺も自然に笑顔がこぼれた。
短く切った髪をワシワシと撫で、俺は少ししゃがんでethlinに告げる。
「暇があったら来い。来たら必ず俺を呼べ…いいな。」
ethlinが小さくコクンと頷いた。
「お前みたいな泣き虫で食いしん坊は…危なっかしくてほっとけねぇよ…。」
小さな手を取り、窓際のテーブルへと移動する。
ちょこちょこと俺の後ろをついてくる姿は、二度目に会った時を思い出させる。
姉さんとゆきと三人で桜花に来たethlinは、姉さんを左之助に取られた挙句総司にからかわれ、泣きそうな顔で立ち尽くしていた。
あの時と変わらない…泣き虫で気が弱いくせに意外と怒りんぼうな白い花。
だがたった一つ…あの時と違う事がある。
ただの泣き虫だった小さな花は、人を愛する痛みを知った。
人を愛することが苦しくて、切なくて、譲れないモノだという事を知った。
そして自分の手で自分の殻を破り、少しずつ花を咲かせようとしている。
「あの時と違って今日は寒いからな。温かい飲み物をご馳走してやるよ。ただし、今日は伊東のおごりじゃねぇから、メニューの端から端まで注文するのは勘弁してくれ。特にドンペリなんか注文するなよ。」
「もう!そんなにたくさん飲めませんよ!それに昼間っからお酒飲むわけないでしょ!」
満面の笑みを俺に向ける、この花を美しく咲かせるのは誰なのか…。
今はただ…俺の目の前で笑っていて欲しい。
俺の大切なBB。
優しい小さな白い花…俺のBaby Breth。