2011年1月4日、俺のいる探偵事務所はとりあえず今日が初仕事だ。
しかし優秀な斎藤は正月の帰省中で休み。
平助は朝から張り切って電話を取り、飼い猫探しの依頼を受けて外出。
新八は町内パトロールと言う名のパチンコ。
いつも事務所に入り浸っている従妹のethlinは、まだ顔を出していない。
要するにこの事務所の中には俺と恋人のみちるしかいない。
しかしこの平和で甘く幸せな時間は、必ずぶち壊されるに決まっている。
案の定みちるのブラウスの胸元のボタンに手をかけた途端、携帯電話がメールの着信を知らせた。
(ちっ…邪魔しやがって…)
無視したいところだが着信音は吉岡亜衣加ちゃんの『青空ボタン』のオルゴールバージョン、送信者は従妹のethlinである。
渋々メールを確認したが要領の得ない言葉が羅列されている上、明らかに文章が途中で打ち切られている。
(まさか…何かあったのか?)
電話で安否を確認しようとした途端、今度は亜衣加ちゃんの歌声が流れ出した。
「おい、ethlinどうし…」
電話からは興奮した様子の泣き声が聞こえる。
『おねぇ』『あいつ』の言葉を繰り返し、時折新八の名を叫んでいる。
「とにかく落ち着け。今どこにいる?…なおの部屋か?…わかった、とにかくここまで来い。事務所の方だ、いいな」
電話を切ってため息を一つつくと、膝の上のみちるに苦笑いを向けられた。
「新年早々また泣いているの?本当に世話が焼ける子ね。仕方がないな…ドーナツでも買ってこようっと。甘いモノで機嫌が直るといいんだけど…」
みちるは名残惜しそうに俺の膝の上から立ち上がり、コートを手に取って出かけて行った。
買い物を済ませたみちるが事務所に戻ってから数分後、目を真っ赤にしたethlinが現れた。
「あけましておめでとうethlin!クス…どうしたの?そんなに真っ赤な目しちゃって~。うさぎさんみたいだよ。ふふっ…またそこの階段で転げ落ちた?」
みちるは何も知らないフリをして、務めて明るく声をかけた。
「………」
しかしethlinは無言のまま出入り口にで立ち尽くしている。
「とにかく中に入れ。外は寒かっただろ?」
「………」
ethlinは無言のまま部屋に入り、コートも脱がずにソファーではなく真っ直ぐに自分の机へと向かった。
机の上に手にしていた買い物袋を勢いよく投げ出し、力任せに机の引き出しを開けた。
軽いスチール製の引き出しは勢いよく外れ、床の上に転がり落ちて派手な音を立てる。
しかしethlinは微動だにせず、黙ってぶち撒かれた引き出しの中身を見つめている。
「ちくしょう…」
吐き捨てるように言葉を発し、床にしゃがみこむ。
「ちくしょう…あいつ…もう許さない…絶対に…許さない…」
無地の護符を手にして机へ向かう。
「総司の奴が…またなおの部屋に現れたのか?」
もう一人の従妹、なおの部屋にはヴァンパイア除けの護符が張り巡らせてある。
あの護符はethlinの執念で出来ていると言っても過言ではない。
それほどまでに真剣に、まさに魂を込めて書き上げた秀作だった。
それでも総司がなおの部屋に入ったとすれば、それはなお自身が決断して招き入れたに違いない。
こればかりはどうしようもない。
誰も止める事は出来ない。
たとえ血が濃く繋がった妹のethlinでさえ…止める事は出来ない。
「今度は部屋にすら近づけないようにしてやる…いっそ…灰にして…灰になればいい…絶対に…おねぇに近づけないように…触らせない…絶対に…守…っ…て」
怒りで気持ちが高ぶっているのだろう、ethlinの手は震えていた。
その手で買い物袋に手を伸ばし、中から新品の墨汁を取り出した。
外装のビニールを爪で剥がすものの、ethlinの短い爪はなかなか引っかかろうとしない。
「くっ…この役立たず!!」
とうとう癇癪を起こし、墨汁の容器を投げ捨てた。
「ethlin落ち着け!お前が悪いんじゃない。お前は悪くない」
「違う!違う!…違うよ…」
「違わねぇ…お前は悪くない」
そっと頭を撫でてやるとプルプルと震え、大粒の涙を零す。
「お前のせいじゃない…俺の力不足だ。俺が…俺があいつらを甘く見ていた」
「違うよ…違う…私が無能だから…役立たずだから…」
震える背中を優しく擦ると、嗚咽が漏れた。
「お前はよくやっている。だがな…人には限界ってモンがある。どんなに優秀でも、人一人の力じゃどうにもならない事がこの世にはたくさんある。お前は無能でも役立たずでもない。だから気に病むな。頼む…頼むから…自分で自分を責めないでくれ」
(大切な従妹が…なおが総司の手に落ちたのは俺の責任だ。こいつら二人を守ると約束したのに守りきれなかった俺の責任だ。俺がもう少し…もう少しだけ早く手を打っておけば…)
「うっ…うぇぇ~歳三お兄ぃ~」
「好きなだけ泣け。ここには俺とみちるしかいねぇ。誰も見てないから…好きなだけ…泣け…」
(こいつの小さな背中に…ずいぶんと重いモンを背負わせちまったな…)
腕にすがりつき泣き崩れるethlinを、俺はただ…黙って抱きしめてやる事しか出来なかった。