暗い夜道を歩いていると、冷たいモノが頬に触れた。
「雪…か」
真っ白な結晶が空からふわりふわりと舞い落ちる。
「今年はホワイトクリスマスだな…」
桜花のロゴの入ったミニバンに近づき、軽くノックをして助手席のドアを開けた。
「なんだ、もう帰ってきたんですか?なんなら戻ってこなくても良かったのに」
総司はひとしきり携帯を弄り、画面を確認してパチンと閉じてエプロンのポケットにねじ込んだ。
「まだ最後の配達が残ってるだろうが」
俺は不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら、後部座席に横たわる大きなバラの花束を指差した。
「あぁ…風間千景のですね。仕方がないけど行きますか…一応上得意様だからな~」
渋々エンジンをかける総司の横顔をじっと見つめ、俺は「ありがとう」と一言呟いた。
「なんの冗談です?気持ち悪いな。土方さんから感謝の言葉が出るなんてね」
「うるせぇ!感謝の言葉の一つくらい黙って受け取れ!」
俺はさらに不機嫌そうに車のシートに強く倒れかかった。
「お礼なら山南さんに言ってください。今朝急に山南さんが土方さんを連れて『ベツレヘムの星』を目指せって言ったんです。最初は意味がわからなかったけど、Staff Roomに置いてあった朝刊を見てその意味に気がついたんです」
山南さんが言った『ベツレヘムの星』とは、ethlinが勤めるデパートが毎年クリスマスシーズンになると吹き抜けのイベント会場に飾り付ける大きなクリスマスツリー、その天辺にある大きな星飾りの事だ。
伝統あるデパートの開店当時からの大イベントらしく、毎年多くの人がこのツリーを見に訪れるらしい。
ベツレヘムの星…別名クリスマスの星。
東方の三賢者にイエスの誕生を知らせ、ベツレヘムの地へと導いた奇跡の星。
「ったく…どいつもこいつも変な気回しやがって…」
今日の配達は総司と新八が出るはずだった。
それを今朝になって新八が俺に「代わって欲しい」と言い出した。
昨日俺が買ったケーキを無断で丸々食った挙句何言ってやがる…と怒鳴り声を上げようとした途端、総司がStaff Roomを覗き込んだ。
「土方さん、早く用意してくださいよ。色々と準備があるんだから」
急かす総司に舌打ちをしながら、俺は理由もわからないままStaff Roomを出た。
配達伝票の確認をしていると、俺の手から誰かが伝票を抜き取った。
「土方君にはもっと大切な準備があるでしょう?」
山南さんは相変わらず食えない笑顔で、俺の目の前に白い箱を差し出した。
「土方君が昨日買ったモノよりは小ぶりですがね…彼女にはこのくらいがちょうどいいと思いますよ。それから女性の元を訪ねる時は花を用意するのが礼儀だ。彼女へ渡す花束は君にしか作れないよ。歳…そろそろethlin君に自分の気持ちをきちんと伝えないといけないね。君の口でから、君の声で、君だけが紡ぐ君の言の葉で…」
俺はぼんやりと山南さんの言葉を思い出していた。
俺の気持ちは、俺の想いは…あいつに伝わったのだろうか…。
多くを語る事は出来なかった。
ただ、泣きじゃくる小さな花の背中を、そっと撫でてやる事で精一杯だった。
「僕も年が明ける前にコロボックルちゃんと、一度はきちんと話しをした方がいいと思ったしね。どうせ、クリスマスプレゼントは左之さんに預けてお姉さんから渡してもらうつもりだったんでしょ?らしくないですね…足踏みして前へ進めない土方さんなんて」
総司はクスクスと笑いながら車をスタートさせた。
「お前もよくその話に乗ったな。俺の事なんざ…どうでもいいだろうが…」
「うん、どうでもいいですよ」
総司は前を真っ直ぐ見ながら即答した。
「でも何でかって言うと…そうだな…コロボックルちゃんの言葉を借りるなら…『幸せのおすそ分け』ってやつかな」
俺は驚いて総司の顔を見つめた。
「コロボックルちゃんがなんであんなにお人よしでおせっかいなのか…ちょっとだけわかった気がする。きっと愛されていて…大切にされていて…そしてコロボックルちゃん自身も大切に想う人達がいるからなんだ。そして…あの子は傷つく心の痛みも知っている。傷つけられた心がどんなに痛いのか、辛いのか知っているから…」
やがて車は赤信号で止まり、総司は少し俯き加減に独り言のように呟いた。
「僕はお姉さんに会って、愛し愛されて…そして彼女を傷つけて…やっとそれに気がついた。人を愛する喜びも、辛さも…。土方さん、僕はね今すごく幸せだよ。だから僕もコロボックルちゃんを見習って、少しだけおせっかいをやいてみた」
信号が青に変わり車が動き出した。
バス停の横を通り過ぎようとした時車のスピードが緩くなり、突然総司が軽くクラクションを鳴らした。
「総司、何やってやがる?」
続いて俺の横の窓が開けられた。
白い雪が風に乗って舞い込んでくる。
窓の外を見ると、ドーナツ屋の近くのバス停に驚いた顔で立ちすくむethlinがいた。
泣き笑いの顔で大きく手を振っている。
ethlinの唇がゆっくりと動いた。
あ り が と う
手を振るethlinの側には小さなクリスマスツリーが佇んでいる。
ツリーの天辺には大きな星。
空に輝くベツレヘムの星。
その下には傷つき迷う俺を光の方向へと導く、小さく温かな星がいる。
どんなに傷ついても…俺を背中を追いかけ続ける、小さな温かな花がいる。
俺の心に咲く、小さな小さな一輪の花。
俺はethlinの姿が見えなくなるまで、ずっと窓の外を見つめていた。
総司の「いいかげん寒いんですけど…」の不満の声も聞こえないくらいに、俺はずっと…ずっと…大切な小さな花を見つめていた。