12月23日が祝日になって随分経つが、その途端世の中は23日と24日がクリスマス本番といった感じだ。
肝心のクリスマス当日、12月25日ときたら…
「当日売りのケーキ…今日は結構残ってるね。ホールはさすがに一人で食べるのはちょっと無理?と言うか止した方が自分の身の為の気がする(苦笑)。ん~んとカットケーキ買って帰ろうかな~」
お歳暮の事務仕事が思いがけずひと段落してしまい、暇を持て余した私はフラフラとクリスマスの特設会場へと足を運んでいた。
「やっぱりですね~予約数も23日と24日がダントツでしたね。偉大なるイエス・キリスト様の降誕祭が前倒し前倒しで…きっとキリスト様は天国で苦笑いしてますよ」
赤と白のサンタガールの衣装を身につけたゆきちゃんは、苦笑いを浮かべながら冷蔵庫の中のケーキの数を数えている。
「先輩、買います?今ならまだ選べますよ。先輩の好きないちごショートは売り切れましたけど、これとかどうです?トライフルロールにいちごクリームのデコレーションだし、真ん中にいちごも入ってます」
「ホントだ♪これ買おうかな~。一、二個買ったくらいじゃ全然売り上げ協力にならないけど、一個でも減らさないとね~。じゃあ事務所でもう一仕事したらお財布持ってまた来るね♪」
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立ち去ろうとした途端、ゆきちゃんのポケットから軽やかなメロディが流れ出した。
メロディを耳にした途端、ゆきちゃんの頬がほんのり赤く染まる。
「あっ!もしかして彼氏さんから?私見てるし、ゆきちゃん電話出てあげてよ」
ゆきちゃんは申し訳なさそうに頭を下げ、少し離れたところでしゃがみ込んで、何やら楽しそうに話をしている。
(ハロウィンが終って、おねぇと旅行へ行って、帰ってきたらいきなりお歳暮商戦が前倒しで始まって…今度は忙しすぎて桜花へ行ってないや。自転車はこのまま桜花で越冬かな)
クリスマスや冬の花々の溢れたお花屋さんを思った。
(鮮やかなポインセチアにツリーに似たゴールドクレスト、クリスマスローズに雪だるまやサンタさんのモチーフの植木鉢に入ったミニ観葉もあるのかな?)
11月半ばに招待されたハロウィンパーティー以来、桜花のみんなとは顔を合わせていない。
沖田さんは商談の帰りに売場へ立ち寄ってくれて、お菓子を買ってもらったついでに少しだけ話をした。
ハロウィンが終った途端、桜花はクリスマスシーズンに突入したらしい。
歳三さんはクリスマスの企画で毎日忙しくしていると聞いた。
「無愛想な顔がさらに無愛想になってさ、眉間の皺もさらにすごくてね…あれじゃあ爪楊枝をはさめても落ちてこないね」
相変わらず悪戯っこのように笑いながら話す沖田さん。
あのハロウィンパーティーで言葉を交わして以来、私は少しだけ彼に近づけたような気がする。
「コロボックルちゃんも忙しいと思うけど…良かったら少しだけ顔出せないかな?ゆっくり話しは出来ないかもしれないけど、顔を見ればみんな喜ぶし元気でると思うよ。土方さんも…」
歳三さんとはまだちゃんとお話をしていない。
ホンの少しの勇気が足りなくて…
たった一歩踏み出すだけの力が足りなくて、言葉を紡ぐ事が出来ない。
でもあの時…ハロウィンパーティーで感じたぬくもりは…今でも憶えている。
急に照明が消えて真っ暗闇になって不安にかられた時、私の頭を優しく撫でてくれた温かな手。
ずっとずっと欲しかった…少し煙草の匂いが残る、優しくて…いつも私に勇気と元気をくれる大きな手。
「せんぱ~い。すいませんでした~。仕事中なのに私用電話の出て」
ゆきちゃんは顔の前で『ゴメン』と手を合わせながら戻って来た。
「いいよいいよ。仕事なのにかけてきたって事は、すごく急ぎの用事だったんでしょ?じゃあ一仕事したらまた来るね~」
私は軽く手を振りながら事務所へと戻って行った。
そして一通り残務をこなし約一時間後、足取り軽くお財布片手に会場へと戻ると…
「ない…ない?マジ?完売?」
「先輩残念でしたね。先輩が立ち去ってから数分後にカットケーキは完売です。後はホールのケーキが2~3台ありますけど…先輩の嫌いなタイプのだから~」
一緒に残念がるゆきちゃんの顔は何故かニヤニヤと笑っている。
「隠してない?」
「なっ…何をですか!?」
「ケーキ」
「隠してませんよ」
ゆきちゃんの顔をじっと見上げると、ゆきちゃんはニヤニヤ笑いを隠すようにそっぽを向いた。
「ゆきちゃん…やっぱり隠してる…どこかにお取置きしてあるんだ!」
「マジで完売ですって~。うぅ…お取置きしなかったのは確かに悪かったですけど…。そうだ!今日は一緒に帰りましょ!お詫びに私がドーナツ奢りますから。クリスマスデコレーションのやつ…きっと残ってますよ。だから先輩、今日はノー残業で帰りましょうね」
肩を落とす私にじゃれながら、ゆきちゃんは私の頭を軽く撫でまわした。
「ゆきちゃんと帰るの久しぶりだね」
「一ヶ月ぶりくらいですかね?先輩しばらく21時上がりとか…そんなんばっかでしたモン」
ゆきちゃんは携帯を弄りながら画面を確認して、鞄の中に放りこんだ。
「もしかして待ち合せ?ミスドならいいよ、バス待ってる間に寄って買うし」
「いえ、違いますよ。んじゃミスドにレッツGO~。言っておきますがお一人様3個までですよ~」
「あはは~3個も買ってもらえるんだ」
二人で笑いながら急な階段をゆっくりと上がる。
外へ出る鉄の扉を開けると、冷たい風が吹き込んできた。
「うわぁ~寒い!!」
大きく口を開けると、冷たくて新鮮な空気が肺に流れ込んでくる。
一、二歩歩き出した先に誰かが立っていた。
誰かはゆっくりと私の方へ歩き出す。
ふと顔を上げると、そこにいたのは…
「Merry Christmas ethlin。思ったより元気そうで安心した」
驚きのあまりに声が出ない。
パクパクと口を動かすと、冷たい空気に白い息が立ち上る。
「…ずっとここにいたんですか?」
「いや…ゆきに連絡もらうまでは向かいのホテルのロビーにいた」
仕事の途中なのだろうか?温かそうな上着の下には、お花屋さんのエプロンを身につけている。
「本当は姉さんに渡してもらおうと思ったが…姉さんは今頃左之助と会ってるだろうしな。それに今日はイエス・キリストの降誕祭だ。この聖なる夜に、俺はホンの少しのきっかけと勇気ともらった…」
そう言って小さな花束とお菓子の箱を手渡された。
鮮やかな赤と緑のクリスマスカラーのミニブーケには、白い天使のピックが添えられている。
「ケーキはお前の好きないちごのデコレーションだ。ホールだが少し小さめだから、二回に分ければお前でも一人で食いきれるだろう…ククッ…クリスマスだからって一気に食って腹壊すなよ」
いつもと変わらない声。
いつもと変わらない笑顔。
何か声をかけたいのに…
もっと側にいたいのに…
私の口から漏れるのは嗚咽だけだった。
「こら、泣くな。みんな見てるぞ…ったく…しょうがねぇやつだ…泣き止むまでだからな」
大きな手がそっと私の頭を撫でる。
長い指が私の涙を拭ってくれる。
温かな手が私の背中を優しく擦る。
私はせいっぱいの笑顔を歳三さんに向けた。
「Merry Christmas…歳三さんに溢れんばかりの幸せが舞い降りるように…」
それは聖なる夜に起きた奇跡。
クリスマスの夜にもらった…小さな…小さな幸せな時間。