「しばらく屯所を空けていた間にそんな面白い事があったなんて、一部始終が見れなくて残念だよ。しかし…ふふっ…土方君の子供ね…。」
「山南さん…笑い事じゃねぇ!!」
山南さんは二人仲良く庭掃除をするethlinと沙雪を眺めながらクスクスと笑っている。
「沙雪君の時も、近藤さんと永倉君、平助の三人が正体を見破る事ができなかったね。私個人の意見としては、沙雪君よりもethlin君は上手く化けていると思うよ。」
「俺も正直最初に見たときはわからなかった。どこかのクソガキだとばかり思っていたからな。」
俺は庭先の二人に目線を向けた。
男装していても小奇麗で『女』だと言われればそうかと思うような沙雪に比べ、体の小さいethlinは声変わりも迎えていない男子に見えない事もない。
「ここには女性の華やかさは不要だが、やはり男共と違って気が利く事が多い。まぁ…あの二人は縁あってここに来た。それは曲げる事の出来ない事実だ。あの二人が私達新選組に幸をもたらすのか不幸をもたらすのかは…私にはわからないけれどね。」
沙雪は偶然新選組が抱える『秘密』を目にしてしまった。
そのため『秘密』を洩らさないように、俺達新選組の監視下に置いた。
今では総司の小姓…と言うよりは世話係だな。
総司が沙雪を気に入り、片時も手放さない。
俺はそれを黙って見逃している。
総司の沙雪に対する気持ちが本物なら、守るべき者を総司が手に入れたのなら、その事で総司の心に変化があるのなら…
いや…あって欲しいと願っている。
近藤さんの為に刃のように真っ直ぐに生きるだけの総司の心に、温かなモノが芽生えればと…俺は願っている。
「土方様、庭掃除終わりました♪」
ethlinが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「二人ともご苦労だったな。沙雪、お前には少しばかり苦労かけるかもしれねぇが、ethlinを頼む。女同士じゃねぇとわからねぇ事もあるだろう。それから…これは総司と二人で食え。山南さんからの土産だ。」
菓子を手渡すと、沙雪は優しく笑った。
「はい。掃除なんかは二人で分担して出来ますから、私も助かります。ethlinちゃんとお話するの楽しいし♪じゃあねethlinちゃん、夕餉の時間にまたね。」
沙雪は手を振りながら部屋へと戻って行った。
「土方様、次は何をいたしますか?」
沙雪を見送ったethlinがくるりと振り向く。
「あのなぁ…。」
「はい!」
「土方様はやめろ。なんだ…柄じゃねぇ…。」
「えっと…じゃあ…ん~土方…さん?」
「それでいい。」
「はい!土方さん。次は何をいたしますか?」
俺たちのやり取りを黙って聞いていた山南さんがクスクスと笑いながら、ethlinに菓子を差し出した。
「江戸を発ってからは毎日のように難しい顔をしていた新選組の鬼副長が、こんな顔をするなんてね…なかなか興味深い。」
ethlinは少し頭を下げて菓子を手にし、俺の顔色を伺っている。
「山南さんからの土産だ。遠慮せずに食え。食ったら仕事だからな。」
「はい!じゃあいただきます。えっと…山南さん、ありがとうございます。ところで土方さんは召し上がりましたか?」
「俺はいい。お前が食え。お前は甘いモン好きだろうが。」
ethlinは黙って菓子を眺めて、やがてそれを手で二つに裂いた。
「はい!半分は土方さんに差し上げます。このお菓子すごく美味しそうだから、土方さんも召し上がらないときっと後悔しますよ。」
満面の笑みを浮かべ、俺の目の前に菓子を差し出した。
「…仕方ねぇな。」
俺はethlinの手にある菓子をそのままパクリと口にした。
「…ん…確かにお前の言うとおりうめぇな。ほら、お前もさっさと食え。」
「はっ…はい…じゃあ…いただきマス…。」
ethlinは真っ赤な顔をして俺の隣に座り、黙って菓子を口にしている。
黙って俺たちのやり取りを眺めていた山南さんが急に笑い声を上げた。
「これはこれは…見ていて飽きないね。」
「山南さん、何がおかしい?俺達は見せモンじゃねぇよ!!」
「ほぅ…無自覚か…。まぁますます面白い。」
山南さんは笑いながら立ち上がり、部屋へと向かう。
「江戸から京に来てからは、土方君はずい分変わってしまったと…少し寂しい思いをしていたがね、今日はなんだか嬉しい気持ちになれたよ。人が変わるという事はけして悪い事ではない。いや…もしかしたら、変わってしまったのは君ではなく私なのかもしれないね。あぁ…今のは独り言だよ、気にしないでくれたまえ。ではそろそろ失礼するよ。ethlin君、またね。」
立ち去る山南さんに軽く会釈をしながら、ethlinは黙って菓子を口にしている。
じっと山南さんの背中を見つめながら、やがてポツリと呟いた。
「山南さんって…優しくて良い人ですね。」
「お前の良い人って言うのは…食いモンくれた奴の事じゃねぇのか?」
ここではいきなり現れた正体不明のガキに対して、ちやほやする奴なんていねぇ。
それに引っ込み思案なコイツが、自ら他の隊士や幹部達に声をかけられるわけもない。
皆コイツを『好奇』の目で見ている。
人のいい近藤さんですら、こいつをどう扱っていいのかを模索している。
そんな中俺が一緒にいたとは言え、優しく声をかけてやったのは山南さんが初めてだった。
「違いますよ!えっと…ここに来てまだ日が浅いですけど…こん…近藤さん?と山南さんの前では土方さんは気を許しているように見えました。他の方とお話している時と、少しだけ雰囲気が違うような気がします。」
「近藤さんはともかく、俺が山南さんに気を許しているだと?んなわけねぇだろ。」
つい苦笑がもれる。
「そうですか?」
「そうだ。」
口を堅く閉ざしジロリと睨むと、大きな目がじっと俺を見つめる。
俺はただ黙って、その瞳の中に映る自分の姿を見つめていた。
「でも…山南さんは土方さんの事をとても大切な友人だと…そう思っているように見受けられました。土方さんは違うのですか?」
「山南さんは…」
思いもよらない言葉が、俺の口から洩れそうになった。
「チッ…そんな事ねぇって言ってんだろうが!…なんだ?なんか文句あんのか?」
もう一度ジロリと睨むと、急にシュンとして頭を垂れる。
「いえ…すいません。土方さんがそうおっしゃるのなら…やっぱりそうなのかもしれません。」
「いや…別に謝る事はねぇ…だから気にすんな。」
(何謝ってんだ、俺はよ。くそ…こいつといるとどうも調子が狂うぜ。自分の意識下のモンが全部さらけ出される気がする。それにすぐ泣くくせに、急に強気になりやがるし。やっぱりあの日あの夜に、無理やり追い出しちまえば良かった…。)
そう思いながらも、俺は隣にいる小さな手に自分の手を黙って差し出した。
「ほら、行くぞ。仕事の時間だ。いいか?昨日みたいにちんたら仕事したり泣きべそかくなら、俺は本気でお前をここから叩き出すからな。自信がないなら、自分の意思で自分の足で即刻ここから出て行け。今ならまだ引き返せる。」
小さな手が俺の手に触れた。
俺はこの小さな手を振り払う事が出来る。
いや…振り払うべきなんだろう。
「私はここから出て行きません。私は土方さんの傍にいると決めました。死に物狂いで貴方について行くと決めました。だから涙だって我慢して見せます。」
「ふっ…出来ねぇ約束なんざ簡単にするんじゃねぇよ。」
薄く笑いを浮かべ、その小さな手を軽く握った。
季節は春。
庭には満開の桜。
薄紅の花が咲き狂う中、俺の隣には紅い小さな桜がいる。
「でっ…出来なくなんかありません…たぶん…。」
「ったく、しょうがねぇな…。」
(こいつがどんな花を咲かせるのか、それを見るのもまた一興か…)
強い風が吹いて、桜の花びらが音を立てて舞い上がる。
「だったら死に物狂いでついて来い。泣いてもいいから…俺に本気でついて来い。いいな…。」
返事はなかった。
俺の言葉は花の舞う音にかき消され、届かなかったかもしれない。
ただ…小さな手が俺の手を強く握り返した。