体と心を休めた私は、数日後仕事に復帰した。
しかし心が晴れたわけではない。
複雑な気持ちを抱えたまま、私は毎日をなんとなく過ごしている。
面倒な事務仕事を終え、私は店頭へと続くドアを開いた。
ふと視線を感じ、近くの階段に目をやると、そこには沖田さん立っていた。
一瞬体がビクッっと震えたけど、沖田さんは無言で軽く会釈をしてあっという間に立ち去っていった。
(なんで…あっ…配達があったのか…)
ぼんやりとゆきちゃんの元へ行くと、ゆきちゃんが大きく手を振っている。
「あっ!!先輩♪沖田さんが来てたんですよ~」
エプロン王子とか言いながら興奮しているゆきちゃんは、沖田さんから預かったという小さな紙の袋を私に差し出した。
中をそっと開けるとプリザーブフラワーが現れた。
花に囲まれた小さな家に、手を繋ぐ白と赤のドレスを着た二人の女の子が立っている。
かわいいですね~言いながらマジマジと見つめるゆきちゃんに、私は言った。
「白ばらちゃんと赤ばらちゃんだよ…おねぇが子供の頃…寝る前にお話してくれた…森に住む仲良し姉妹のお話」
今の沖田さんの気持ちが、このプリザーブフラワーを通して流れてきた。
沖田さんはわかっているんだ…私達は姉妹でそれは誰が切ろうとしても他人には切れない事を。
だから沖田さんは私に嫉妬する。
おねぇと私の絆に嫉妬する。
そんなにまで、沖田さんはおねぇが好きなんだ。
沖田さんにとって、あの秘密の恋は大切でかけがえのないモノで…捨てる事が出来ない。
私がこんなにも憤りを感じていても、辛くても…けして歳三さんを憎めないように…嫌いになれないように…。
私はあの人が大切で…あの人の心を守ってあげたくて…傍にいたいと願い続けるように…。
涙が零れた。
私の心の中の何かを洗い流すように。
次の瞬間、空っぽの心の中に大切なピースが一つ…パチリとはまった気がした。
「先輩…大丈夫ですか?気分が悪いなら…」
ゆきちゃんは泣き出した私が具合が悪くなったのだと勘違いして、オロオロとしながら背中を擦る。
「ううん…大丈夫!これ、事務所においてくるね♪」
元気に笑い顔を作り私は事務所へと向かう。
プリザーブフラワーを事務所に置いて戻ると、ゆきちゃんが心配そうに駆け寄ってきた。
「あの…先輩…もしかして…おっ…沖田さんとケンカΣ(゚д゚;)?」
ますますオロオロするゆきちゃんに私はつい笑ってしまった。
「違うよ…ちょっと気持ちと言葉の行き違いかな?ねぇ…帰り…ミスドか…あんずの木行かない?」
ちょっと待ってくださいと、ゆきちゃんは鞄からチラシを取り出した。
「やけ食いですか?お付き合いしますよ。なんと…あんずの木半額クーポンです。今日は私はご馳走しますよ!!」
ゆきちゃんの長い指が私の背中をバンバンと叩く。
重かった心がさらに軽くなる。
「うん、たくさん食べようね♪」
「えっ!さすがに食べ放題されると、お財布の中がキツイですよ~」
ゆきちゃんは漫才のように大げさに飛び跳ねてみせる。
営業中だという事を忘れて二人でけらけらと笑いあった。
「しかし大事に至らなくてよかったですね。おかげで美味しくあんずの木のケーキが食べれますし。ところで土方さんに連絡しました?でも~食べすぎて胃カメラまで飲んだなんて言ったら~笑われちゃいますね」
ケーキをパクパクと口にしながら、ゆきちゃんは笑った。
「え~恥かしいから言えないよ。それに今…ほら…いろいろ忙しいみたいだし…最近連絡取ってないんだ」
「あのですね…」
「なに?」
ゆきちゃんは少し躊躇したため息を漏らして、こう言った。
「…もしかして土方さんと何かありました?」
私は動揺して口にしようとしていた紅茶を噴出してしまった。
「ごっ…ごめん…ゆきちゃんが面白い事言ったから噴出しちゃったじゃない…あはははははっ…」
しかしゆきちゃんは真剣な顔をして私を見つめている。
「ケンカしたんですか?」
「してないよ。するわけないよ」
「したんですね」
「………」
「元カノ出現とか?」
ゆきちゃんはもしかしたらエスパーなんじゃないだろうか?
「だからさ…」
「適当に言ったんですけど…ちょ~っと~マジでアタリですか?」
ゆきちゃんはエスパーの上、本当に私をストーキングしてるんじゃないだろうか?そんな馬鹿馬鹿しい考えが頭を過ぎった。
「あのね…歳三さんは…私なんかが好きになっちゃいけない人なんだよ」
「なんでですか?」
真っ向正面からじっと見つめるゆきちゃんの視線が痛い。
「何でって…」
歳三さんにはみちるさんがいるし、みちるさんとの間に赤ちゃんもいるし、それに…私が入り込む隙間なんて元々なかったし…と本当の事が言えるわけでもなく、私はもごもごと言葉を濁すしかない。
「先輩は土方さんの事が嫌いですか?嫌いになりましたか?」
「そうじゃなくて…好きに…」
私の言葉を遮るように、ゆきちゃんは大きな声で言った。
「先輩は…先輩は土方さんの事、嫌いなんですか?」
「……嫌いじゃない…」
「じゃあ好きなんですよね?」
「……」
「今でも好きですよね?」
「好き…だよ…忘れられない…忘れたくない…」
自分自身に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「だったら捨てる必要なんてないですよ。土方さんを『好き』って気持ちは先輩だけのモノです。状況はよくわかりませんし、先輩は絶対に口を割らないと思うので聞きません。土方さんが本当はどう思っているのかは私にはわかりません。でも!これだけはわかります。自信があります」
ゆきちゃんは鼻の穴を広げて興奮気味に叫んだ。
「土方さんは先輩の事を絶対大切に思ってます!私は土方さんがいい加減な気持ちで一緒にいたとは思えません!!捨てないで下さい。先輩の土方さんを想う大切な気持ちを…『好き』って気持ちを…簡単に捨てないでください」
空っぽだった心の中に、また一つ小さなピースがとはまった気がした。
「捨てなくていいの?」
「当たり前です」
ゆきちゃんは自信満々に頷いた。
「好きでいてもいいの?その資格が…私にはある?」
「好きでいるのに資格も免許も証明書もいりませんよ。何言ってんですか?」
「こんなに汚れた私でも…あの人を好きでいていい?本当に好きでいていいと思う?」
「はぁ~?先輩はちゃんとお風呂に入ってるでしょ?」
ゆきちゃんは呆れた顔で私を見て笑っている。
「先輩は汚れてなんかないですよ。真っ直ぐで、まっさらで、嘘がつけない人間です。先輩のストーカーしてる私が言うんだから間違いありません!先輩はもっと自分に正直に生きてください。先輩は~どうしたいんですか?土方さんに対して…どうしたいですか?」
ゆきちゃんの目を真っ直ぐに見つめ返す。
涙が溢れてきた。
唇が震えて上手くしゃべれない。
それでも私はゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「ちゃんと伝えたい…私の気持ちを…本当の気持ちを歳三さんに…じゃないと…きっと…このままじゃあ…前には進めない。私も…歳三さんも…」
「だったら、時間がかかってもいいから前へ進めばいいだけです」
ゆきちゃんの温かい手が私の手を優しく握る。
「沖田さんも先輩にまた会いにくるからって言ってましたよ。少しだけ距離を置いたら、ゆっくりでいいから歩き出せばいいです。どんなに時間がかかっても、お互いが前へ進んでいればすぐに会えます。土方さんだって先輩に会いたいと思ってるハズです。あんなに大切に思ってるんですから。あれが演技なら…とっくにホストクラブで№1になってますって♪それよりも花屋もホストも辞めて…ププッ…役者になった方がよっぽど世の中の役に立ちますね」
「ふふっ…そうだね」
私は久しぶりに心から笑った気がした。
沖田さんがくれた小さな花の家が、私に温かい気持ちを思い出させてくれた。
ゆきちゃんの力強い言葉が、私に前へ進む勇気をくれた。
私は手を伸ばしながら未来を目指す
前へ前へ
ゆっくりと
真っ直ぐに
いつか伝えたい
私の胸に咲いた、温かな小さな花を
桜花を想う…私の大切な恋心を