翌朝行きつけの小さな内科で、私は胃カメラ検査を受けていた。
麻酔が効いているせいか、口の中に管を入れられても何も違和感がない。
意識が朦朧としている中、お母さんと先生の話をぼんやりと聞いていた。
胃の粘膜が少し傷ついているとか、潰瘍は見当たらないとか…でも言っている意味がよくわからない。
「ねぇ…お母さん…私…どこも悪くない?」
大丈夫だよ。何にもないよと言う言葉に安心して薄く笑みを浮かべる。
昨日食べたモノ聞かれ、朝から口にしたモノをぽつぽつと答えた。
「パンと紅茶…ヨーグルト…お昼は…ご飯と…玉子焼き…あとなんだっけ?」
お母さんがわかる限り私が口にしたものを答えている。
(夜は何も食べられなかったな…あっ…お昼前に薬…飲んだっけ…。でも胃とは関係ない…ただの鎮痛剤だもん…。いいや…いちいち言わなくてもいいよね…)
検査が終わり、お母さんに支えられながら病院を出た。
玄関で待っていたタクシーに倒れるように乗り込むと、上着のポケットから携帯電話を取り出した。
おねぇとゆきちゃんからメールが届いていた。
(とりあえず大丈夫だってメールしよう…)
ぼんやりする頭を絞りながら、おねぇとゆきちゃん宛てに簡単なメールを打つ。
『胃カメラ飲まされたよ。麻酔効いてたらか全然平気。とりあえず結果は〇』
一斉送信して静かに目を瞑る。
急にハタとある事に気がつき、慌てて二人にもう一度メールをした。
『歳三さんに絶対に言わないで。心配させたくない』
知れば優しいあの人は自分を責める。
私を傷つけてしまったと思って…きっと自分を責めてしまう。
(そんなの嫌…心配させたくない。これ以上歳三さんの負担になりたくない)
ひどい憤りや怒りを感じているのに、何故か考えてしまうのはこんな事ばかりだった。
(私ってホント馬鹿だな…でも…)
送信完了画面を確認して、私は静かに携帯電話を閉じた。
家に着いてから眠ってしまったようだ。
目が覚めると、自分の部屋のお布団の中だった。
しかしゆっくり眠っても、頭と心の中は空っぽのままだ。
おねぇとゆきちゃんに改めてメールを打つものの、正直言えば何を書いていいかわからない。
『結局食べすぎみたいだから心配ないよ』と誤魔化した言葉を並べてメールを送信した。
そして最後には『歳三さんに絶対に言わないで。心配させたくない』と書き添える事も忘れずに。
本当は心配して欲しい
傍にいて欲しい
大丈夫だと…あの大きな手で頭を撫でて欲しい
そう思う反面、自分は裏切られたという事実が頭をよぎり、裏切りではなく最初から私の片想いだったんだという思いが私の胸をさらに苦しめる。
考えれば考えるほどわからない。
考えても何も変わらないし、変えられないというのに。
ふと目線を動かすと、おねぇから貰った狼さん人形が目に入った。
相変わらず眉間に皺を寄せ、難しい顔をして座っている。
私は歳三さんの言葉を思い出していた。
『寂しくなったら姉さんに貰った俺のぬいぐるみに添い寝してもらえ。傍にいなくても…ちゃんと…お前の事を考えて…想っているからな…』
仕事で忙しい中、私が泣いてるんじゃないかと電話してくれたあの夜。
(あの言葉も…嘘だったのかな)
そんな嘘をつける人ではない
傷つく事の怖さを知っている
傷つく事の辛さを知っている
(だったら…どうして…)
お布団から這いずり出て、狼さん人形を引っ張った。
手に持っている紫色の風車を外して、狼さん人形をぎゅっと抱きしめた。
少し冷たい空気にさらされていた狼さん人形はひんやりとしていたけど、やがてじんわりと温かくなってきた。
空っぽの頭の中にいろんな思いが交差していく。
耳にしてしまったみちるさんの事
最後に見た歳三さんの表情
沖田さんの嫉妬心
私の中の黒い感情
そして…どうしても消せない…歳三さんへの想い
(この気持ちは…この切なく辛い気持ちはどうやったら捨てられる…?)
静かに目を瞑る。
もはや想う事さえ罪だとわかっていながらも、あの人の事を考えてしまう。
(誰か私を浄化して…私の心の中を浄化して…私の心の中からあの人の全てを…消し去ってしまって…)
そんな考えとは裏腹に、私は狼さん人形を強く抱きしめる。
(私はどうしたらいい?何が正しいのか…もうわからない…)
私は再び深い眠りへと落ちていった。