翌日重い体を引きずるように会社へ向かった。
最悪のタイミングで月のモノまで来て、頭もお腹も…心も…痛い。
「先輩大丈夫ですか?顔が歪んじゃってますよ」
心配そうに顔を覗き込むゆきちゃんに引きつった笑みを返しながら、鎮痛剤の入った引き出しを開けた。
「…ない。バファリン…」
(仕方がない…薬局で買おう)
財布の中を確認すると、中には100円玉が2枚だけ転がっている。
「さっ…最悪…」
さらに打ちのめされて机にうつ伏せる私を、ゆきちゃんはオロオロしながら見ている。
「あ~こんな時に~私も鎮痛剤切らしてるんですよ。あっ!そうだ!!医務室に行けばもらえますよ。しかもタダです。この前のドリンク剤と違いまして、タダでも味は関係ありません」
「医務室…医務室は毎週火曜日は閉室日じゃなかったっけ…」
顔を上げる元気もない私の背中を、ゆきちゃんの長い指が優しく擦る。
「閉室日は臨時の先生が来てるみたいですよ。しかもイケメンって話です♪さぁ!先輩レッツGO♪」
「イケメン?イケメンって事は男の人じゃん…嫌…男の人にお腹痛いから鎮痛剤くださいなんて言うの」
頭とお腹の痛みなんて、本当はどうでもよかった。
会社を休んでもよかったけど、家でぼんやりしていると心がばらばらになりそうになる。
考えれば考えるほど答えは出せず、涙だけが溢れてくる。
どんなに考えても、何も状況は変わらない。
私は大切な人を失った…違う…大切だと思っていた人は最初から私の傍にはいなかったんだ。
そう思うとこの楽しかった数ヶ月はなんだったのだろうと考えてしまい、ますます生きている意味がわからなくなっってくる。
(なんだかこの前自殺しちゃった人の気持ちがわかるな…こんな感じだったのかな…今なら…どうでもいい…いっそ…)
ぼんやりと目を動かすと前にあるカッターナイフが目に入った。
(これで本当に死ねるのかな…テレビや本で読んだみたいに…。意識が消えてなくなれば…もう何も考えなくていい…。辛いとか憎いとか…こんな嫌な事ばかり考えてる自分を消す事が出来る…)
ふいにゆきちゃんの長い指がカッターナイフを取り上げた。
「私のお気に入りカッター発見!無くしたと思ったらここにあったんですね」
「あぁ…ゆきちゃんのなんだ。ごめん、持ってって…」
(嫌だ…私…変な事考えてる…。自分が怖い…。頭おかしくなっちゃったのかな…)
「先輩…早退しますか?顔…引きつってますよ…何かあったんですか?ずっとぼんやりしてるし」
「ごめん…私すごく変…だよね…」
「いえ…あの日は気持ちが不安定になるモノですよ。だた…いつもより落ち込んでるみたいだし…」
(そうだよ、お腹痛いせいだ…きっと…余計にネガティブになってるんだよ。夜は何度も目が覚めたりして眠れなかったし…)
私はノロノロと体を起こし、引きつりながらも少しだけ笑って見せた。
「ゆきちゃん、心配かけてごめん。医務室行って来るね。鎮痛剤くださいって言うだけだし…エヘ」
「なんだったら少しベッドで休んできてくださいね」
「うん…そうするかな」
心配そうに見送るゆきちゃんに軽く手を振り、私は医務室へと向かった。
ゆきちゃんの言った通り、閉室日であるはずだが医務室のドアは開かれていた。
開いたドアをノックして覗き込むと、確かにイケメンと言われる部類の男の人が佇んでいた。
「おはようございます。顔色が悪いね…どうしたのかな?」
人当たりが良さそうな笑顔を向け、先生は私に近づいてきた。
初対面なのに失礼な言い方だが、生理的に嫌な感じがする。
あの感覚に似ていた…爬虫類を目の前にした恐怖感。
(顔が綺麗過ぎるからかな?冷たい…笑顔…氷みたいな…感情のない…)
歳三さんも役者のような綺麗な顔立ちで、笑顔どころか不機嫌な顔をしている事が多かったけど、嫌な感じはまったくなかった。
(って言うか…未練タラタラだな…自分…性懲りもなくあの人の事考えてるなんて…)
ぼんやりしていると、すっと手が顔の方に伸びてきた。
ビクッと体を強張らせると、困ったような顔を向けられた。
「断りもなしに触れようとしたからびっくりさせたかな?顔色が悪いから熱があるのかと思ってね」
「あっ…ごめんなさい…鎮痛剤が欲しかったんです。頭と…その…お腹が…」
もごもごと言うと、先生は苦笑しながら薬品棚の鍵を開けて薬を探し始めた。
(やっぱり苦手な感じの人。怖いというか…なにか生理的に合わない)
「睡眠は取れてる?ストレスとかない?」
「昨日はあんまりよく眠れなくて…少し前から胃が痛かったり頭が痛かったりも続いてるし…なかなか眠れない日もあります」
正直に答えるものの、心の中は早くこの部屋から脱出する事ばかり考えていた。
(早くお薬だけ頂戴…)
「そう…」
先生は薬品棚を閉じて、机の上にあった救急箱を手にした。
「じゃあこの薬がいいかな…漢方配合で痛みを和らげ、気持ちもリラックス出来る」
いかにも漢方が入ってますといった緑色の錠剤を取り出し、6錠分のシートを切り離した。
「朝ごはんは食べた?そう…よろしい…。お水を用意してあげるから飲んでいきなさい」
戻って飲みますといいかけたけど、先生の動きが早くてあっという間に冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、紙コップに水を注いでくれた。
「はい、どうぞ」
仕方なく素直に紙コップを受け取ろうとした瞬間…
ガタガタッ…
開けっ放しのドアにぶつかるように、誰かが医務室にと飛び込んできた。
驚きのあまりに手を引っ込めて後ろを振り向く。
ドアの側には苦悶の表情を浮かべるおじさんが立ち尽くしていた。
「はわわっ!!急病人です!先生!早く見てあげてください。お水はこの人にあげてください。お薬ありがとうございます」
私は薬のシートをわしづかみして、慌てて医務室から飛び出した。
(めちゃびっくりしたけど、退散するきっかけが出来てラッキー…)
ふぅ…とため息をつく私の背中越しに、パタン…と医務室のドアを閉める静かな音が響いた。
(すごく居心地悪かった…変な汗出てきそうになるし…すごい形相のおじさんは飛び込んで来るし…とりあえず事務所戻ってお水買って、お薬飲もう。鎮痛剤は二錠で一回だから…三回分か…)
カチッと鍵のかかる冷たい音を耳にしながら、私は事務所へと戻っていった。