どのくらい時間が経ったのだろうか、男の子が私の腕の中で身動ぎ始めた。
「落ち着いたか?」
小さく息を吐き出し、深呼吸を繰り返す。
「はい…ごめんなさい…」
「謝らなくていい。それよりお前…よく泣くの我慢したな」
「だって…泣いたらこの子…びっくりして絶対に泣いちゃうし…。あの…この子迷子なんです、それで…」
顔を上げると、歳三さんは泣き笑いの顔で私に笑いかける。
「ったく…お前が大変だろうが…迷子が迷子の世話しやがって…」
「あっ…ほんとごめんなさい…」
しゅんと俯くと、責める事なく私の身体をそっと抱きしめる。
「とにかく…見つかって本当によかった…心配した…お前にまで何かあったら…俺は…」
私を抱きしめる手が…腕が…まだ少し震えていた。
「本当に…ごめんなさい」
「とにかく、後は坊主だけだな。この人混みじゃあ見つからねぇ…よし!坊主、肩車してやる。こっちこい」
歳三さんは男の子に優しく笑い、軽く抱き上げて肩の上に乗せてしまった。
「うわぁ~たかい!たかい!」
「おねぇちゃんに抱っこされるより高いだろ?どうだ、遠くまで見えるか?親父さんとお袋さん見つけたら、大きな声で叫べよ」
私は歳三さんと子供という、意外な組み合わせに驚いてしまう。
「ethlin、お前はこれ以上はぐれるなよ。お前見たいにちいせぇ奴探すのは、正直骨が折れる」
「はっ…はい!」
慌てて歳三さんの浴衣の袖をぎゅっと強く掴む。
見上げると男の子の相手に四苦八苦しているものの、はしゃぐ子供相手に楽しそうに笑っている。
そんな姿を見て微笑ましく思い、その反面心に影が落ちる。
(もし…もしみちるさんの身になにも起こらなければ、歳三さんはみちるさんと一緒になって…こうやって子供と一緒に過ごしたのかな…。そうだよね、だってすごく大切な人…だもんね)
そうだったら…きっとこの人には会えなかった。
あの日、開店前のホストクラブに迷い込む事もなく、お店で再会することもなかっただろう。
もしそうだったら?
私はこんなにも狂おしく人を好きだと思う気持ちを、教えてくれる誰かに会えたのだろうか?
この人だけが…この人の心だけが欲しいと…そんな我が儘な気持ちにさせるほど大切な、そんな人に出会えたのだろうか?
切ない思いが少しだけチリチリと胸を妬きつける。
(嫌だな…私…)
「あっ!パパ~ママ~!!」
男の子の叫び声で我に返る。
浴衣を着た男女が私達に慌てて駆け寄り、男の子に声をかけた。
(よかった…見つかった…)
丁寧に頭を下げお礼を言うご両親に、こちらもしきりに頭を下げる。
お父さんに手を繋がれて嬉しそうに笑う男の子の横にしゃがみ、声をかける。
「よかったね、見つかって。ちゃ~んと手を握ってないとダメだよ」
「うん。おねぇちゃんあそんでくれてありがとう。おねぇちゃんもおにいちゃんの手、ちゃんとにぎってないとだめだよ」
「えっ!?」
男の子はニコニコと私達に笑いかける。
「クッ…子供にそこまで言われちゃぁ…お前は本当にしょうがねぇ奴だな…」
「もう!笑わないでくださいよ~!!」
(うわぁ~ん
本物の子供にまで注意されたよ~)
「じゃあね、おにいちゃん、おねぇちゃん、バイバイ」
何度も何度も振り返り、手を振る男の子の姿が見えなくなるまで手を振り続ける。
やがて小さな背中は人混みにのまれ、すっかり見えなくなってしまった。
「子供…好きか?」
ふいにポツリと歳三さんが呟いた。
「えっと…好き!じゃないけど、やっぱりかわいいですね。訳わかんないのに泣くのにもちゃんと理由があるし、一生懸命にお話を聞いてあげると心開いてくれるし、小さいのに全力で生きててかわいいし…うん!好きです」
「なんだ、自分と一緒じゃねぇか。一生懸命で全力で生きてて、すぐ泣いて…やっぱりガキの相手はガキに任せるのが一番みてぇだな」
「えっえ~ひどい!泣くのは否定できませんけど…ちゃんと大人ですよ~」
拳でぽかぽかと叩きながら、笑う歳三さんを見上げる。
『歳三さんは子供好きですか?』
そんな簡単な一言が、私はどうしても言えなかった。
少し悲しく揺れる瞳が切なくて…私は口にする事が出来なかった。
大きな花火が空に舞う。
私の言葉をかき消すように
私の不安な気持ちをかき消すように
大きな音を上げて夜空に舞い上がる。
「どうした?」
優しい瞳が私の顔を覗き込んだ。
「花火…花火…綺麗ですね」
「お前は今年の花火大会に行けなかったからな。だからこの祭りに誘ってやりたかった。夏祭りと花火…夏は大っ嫌いなんて言ってるお前のために…この花火を見せてやりたかった」
「嬉しいです」
初めて楽しいと思えた夏。
貴方と過ごした夏。
大好きな貴方と
大切な貴方と
過ごした…大切な夏…。
「まだまだ時間はあるからな…行くぞ」
「はい」
私はその大きな手を強く握り、再びお祭りの喧騒の中を歩き出した。