無事閉店時間を迎え、店のシャッターを下ろす。
Staff Roomのソファーに倒れるように座り、煙草に火をつける。
携帯の着信を調べたが、あいつからのメールは一通も届いていない。
(何かトラブルに巻き込まれた…わけじゃねぇな。そうならすぐに姉さんが動く。そうすれば必ず佐之助に動きがある…)
アドレスを開き電話をかけてみる。
おかけになった電話番号は現在使われてないか、電源が入っていないため…
(何考えてやがる…)
携帯電話をテーブルに放り投げ、ソファーに倒れこむ。
(まさか…俺の様子がおかしいと…何か感づきやがったのか…)
考えていても仕方がない。
(連絡が取れないだけで、こんなにも不安になるもんなんだな…。昨日は俺が…あいつにこんな思いさせちまったんだろが…)
連絡が取れないとしても明日来ると約束した限り、あいつはここに来るはずだ。
(それでも姿が見えなかったら…騒ぎにしたくねぇが佐之助に頼んで姉さんに連絡取るか…)
灰皿に煙草をねじ込み、鞄を手にしてすべての照明を落とす。
まるで心に広がる闇のように、真っ暗になった店を後にした。
翌日、朝から連絡はまったく取れず、まだ顔も出していない。
時計を確認すると、閉店一時間前に差し掛かっていた。
さすがに何もないとは思えない。
「いらっしゃいませ」
平静を装い視界に入った客に声をかけると、それはあいつの姉さんだった。
「こんばんは、土方さん。佐之はまだ打ち合わせから帰ってないのかな?」
仕事帰りの待ち合わせだろうか。
身奇麗にした姉さんの様子に特に変わったものはない。
「あぁ…あと30分もすれば戻るだろう。この時間帯は帰り道が混雑するからな」
「そう?じゃあカフェでお茶でも飲んで待たせてもらおうかな。時間は大丈夫?」
「あぁ…ゆっくりしていくといい…」
「あっ…いえ、土方さんの時間さえ良ければ、お茶の時間に付き合ってもらえませんか?」
「好きなモノを頼みといい。俺の奢りだ」
「ふふっ…じゃあ遠慮なく…と言いたいけどカフェオレの砂糖抜きでお願いします」
やがて運ばれたカフェオレを口にして、俺の顔をじっと見つめている。
「俺の顔に何かついているのか?」
不機嫌そうに問うと「いいえ?」と花のように笑う。
「やっぱり姉妹だな…そっくりとは言えねぇが、ふとした仕草がよく似ている」
「前にも言いましたよね?危なっかしいところが似ているって。あの子の事…ちゃんと見てくれてるんですね。ありがとうございます」
「あいつから目離したら…ろくな事が起きねぇからな。片時も目が離せねぇ…」
照れくさくなり、誤魔化すように煙草を口にする。
ふと携帯が目に入り着信のランプが点滅しているのが見えた。
慌てて携帯を開くと、佐之助からのメールだった。
「佐之助からだ。あと20分ほどで戻る」
ため息を一つつき、ポケットに携帯を戻すと、ふいに姉さんが口を開いた。
「そういえば、あの子から連絡ありました?」
「どういう事だ?やっぱりあいつに何かあったのか!!」
姉さんはきょとんとした顔をしたが、すぐに何かを察したらしくため息を一つついた。
「やっぱりね…」
「なんだ?はっきり言え!!」
「もしかしたら、8日のお昼くらいからあの子と連絡が取れないんじゃないですか?8日の午前中に会社で携帯を水没させたみたいで…。私のところへは母から連絡があったから。しばらくはあの子のパソコンにメールしてるんです。土方さんに連絡しなさいって、ここの電話番号を知らせたけど…やっぱり電話してないんですね」
「水没…」
身体の力が抜けた。
「今日の休みが変更になって、しばらくは携帯を替えにいけないってぼやいてましたよ」
椅子のにもたれ、コーヒーを口にする。
「じゃあ…なんかトラブルに巻き込まれた…ってわけじゃ…ねぇんだな」
ため息を一つ吐き出すとクスクス笑い声が聞こえた。
「何がおかしい?」
「いえ…あの子、最初は電話をするのも一代イベントで大変だったのに、いつの間にか電話やメールが来ないと不安になるような関係になったんだなって…嬉しくなっただけです」
「放って置いたら…すぐメソメソ泣くだろうが…あいつは。7日の夜は…会社の連中とずっと一緒だったって聞いたから安心してたが…」
姉さんはきょとんとした顔をして俺を眺めている。
「それって残業の事ですか?」
「はぁ?残業だと…。7日の夜は会社の連中と飲みに行ってたんだろ?帰ったのが1時過ぎ、翌日は二日酔いで頭が痛いって…」
「まさか。連日の残業で早くても8時に会社を出て毎晩ぐったりしてるのに、熱心に誘われてたとしても仕事の前日に夜中の1時まで出回るなんてありえない」
(やられた…)
頭を抱えるしかない。
あいつの様子に気がついてやれなかったのは、俺の責任だ。
「あの子、土方さんに自分の仕事の話…愚痴とか…もしかして言わないんですか?」
「夏と冬は忙しいってのは聞いた。会社での話題のほとんどはゆきってあの子の話か食べ物の話だな。事務仕事と店頭の手伝いをしてるとか…そんな程度だ…」
「土方さんを責めるわけじゃないんですけど聞いてください」
姉さんは俺の目を真っ直ぐに見て言った。
「あの子見ての通り言いたい事言わないし…そのわりに感情の起伏が激しくて…会社でぶつかる事しょっちゅうなんです。想像出来ないかもしれないけど、仕事も自分の事も曲げないから…社内や社外の人とケンカするし・・・。土方さんに仕事の話をしないのは、たぶんそんな自分がみっともないと思って見せたくないんでしょうね」
「………」
「あの子強情なんです。なんでそんな嘘ついたのかわからないけど、きっと土方さんを不安な気持ちにさせたくなかったんでしょうね」
「すまねぇ…」
「謝らないで。あの子はあの子なりに貴方の事を考えているんだから。自分が傷ついても、貴方を守りたいと思うから…貴方を想っているから、心配させたくなかったんでしょうね」
再度携帯の着信ランプが光る。
「…佐之助が帰ってきたみてぇだな、戻るか。」
立ち上がると姉さんは俺の手を強く握り言った。
「あの子の事…お願いします。貴方が本当にあの子を大切に想うなら…。もし…貴方の心にも影があるとしても、あの子ならきっと…。あの子だけを選んでなんていいません。でも…貴方があの子を大切に想うなら…どうか愛してあげて…」
「あんたは慈悲深い女だな…。時にはそれが仇になる時もある。それが危なっかしいって言うんだよ」
「私が慈悲深い?そんないい…人じゃない」
姉さんは少し寂しげに笑い目を逸らした。
「誉めてんじゃねぇ…自分が危なっかしい人間だって事…ちゃんと自覚しろって事だ。あいつが防具を身に着けず武器だけもって突進していく命知らずなら、あんたは敵の前でも武器も防具も捨てる…そんな命知らずだ。あんたもあいつの事守りたいなら…まず自分自身を守れ。自分も守れない奴が…人を守れるハズがねぇだろ」
やがて佐之助がカフェの方に現れた。
「佐之助、ご苦労だったな。後は俺に任せてもう上がれ。大事な人を…ずいぶんと待たせちまったからな」
佐之助の肩を叩き、俺は一人花屋へと戻って行った。