朝、脚本家の山田太一さんの訃報を目にして、茫然となった。

 

 

頭が真っ白になり、しばらくして涙がこぼれてきた。

 

 

私は山田太一さんの書かれたテレビドラマが大好きだ。

 

 

それは子供の頃、再放送で「ふぞろいの林檎たち」を観て夢中になったことから始まり、そのシリーズ第3作放送時にはちょうど二浪目の大学受験が重なり、東京で入試を受けてたんだけど、金曜日の放送のたびにウチに電話を入れ、ビデオデッキにちゃんとテープ入れてるかどうか、入れ替えてくれたかどうかを確かめていたくらいだった。

 

加えて試験の合間に宿泊していたホテルの近くにあった日比谷図書館でまさに最後のあがきで勉強していたのも束の間、ついその山田さんのシナリオ本を見つけてしまって、その勉強もそっちのけで夢中になって読んでいた。

 

 

そのせいかどうか、上位の志望校には片っ端から落ちて、結局滑り止めにギリギリ引っかかったという...懐かしい。

 

 

それから人と二年遅れで東京の大学生活を始めて、ちょうどその年だったかにTBSで午前中に「岸辺のアルバム」の、夕方には「ふぞろいの林檎たち」の再放送をしていて、それも片っ端から録画して夢中になっていた。

 

 

当時はVHSのビデオデッキだったので、恐らくテープを入れ替えにサークルや友達付き合いもほったらかしにしてそそくさと帰っていたんだと思う。

 

 

更には放送当時はまだ子供で観ていなかったけど、面白いと噂に聞いていた名作ドラマ「男たちの旅路」も全話ではなかったもののセレクションと題して5話分が再放送され、それも録画してもうそれこそテープが擦り切れるほど観て夢中になっていた。

 

 

当時からシナリオに興味があって、もうまさに山田太一さんは一番の憧れの脚本家であった訳で、テレビドラマを観たりそのシナリオを読むことにとどまらず小説やエッセイも夢中になって読んだ。

 

 

その憧れは今の今まで続いていて、ていうかこの歳になるまで「モノ」になっていないという私個人の体たらくはともかく、山田太一脚本は常に「指針」であり、テレビドラマというものの面白さを教えてもらい、山田さんの書かれた作品はまさに雲の上に常にある極めてハイレベルな「教科書」であった訳で...

 

 

その一番大好きで、一番尊敬している山田太一さんが11月29日に亡くなったことが今日の朝に報じられて、今日一日はどこか身体がフワフワしてて、つい先ほど何とかウチにたどり着いた。

 

 

先日未発表のシナリオ集を読んだばかりだったこともあったし、突然といえば突然なんだけど89歳というお歳で、しかも老衰ということなので、私ごときがいうのも烏滸がましいけど、見事な大往生と言ってもいいんだと思う。

 

 

不謹慎を承知であえて言うと「老衰」という響きは、人生を終えるに当たって最も理想的だなとも思う。

 

 

ここ数年は音信不通で「引退」状態だとか、それこそ療養施設で静かにお過ごしになっているんだろうとか、いろんな「うわさ」はあったんだけどね、年齢も年齢だしこういう時が遠からず訪れるであろうことは私の中でも何となく覚悟していたように思う。

 

 

そうそう先日注文した古本のシナリオ集「冬構え」が配達予定では12月に入ってということだったのだが、それよりも大分早くつい先日届いたのもまさに「虫の知らせ」というかファンである私へのささやかなご褒美だったのかなとか、アメーバピグで「男たちの旅路」つながりで知り合った方とつい先日久し振りにやりとしたこととか、もうとにかくなんだか神がかっているというか、私の山田太一愛がご本人に届いたのかなと図々しくも勝手に思い込んでいる。

 

 

 

もうとにかくあれもこれも言いたいことが尽きないし、ていうかまだまだ山田さんの作品で観ていないもの、読んでいないものがたくさんあるし、もうこれ以上あれこれ私が語るのもまさに烏滸がましいので、今日はとりあえずここで終わり。

 

 

 

少し早いけど年末年始は山田さんの作品に今一度向き合ってみようかと思う。

 

 

 

山田太一さん、数々の名作を世に送り続けてくださってありがとうございました。

 

 

これからも今まで以上に山田さんを目標に、残りの数少ない人生、生きてみようと思っています。

 

 

心よりご冥福をお祈りいたします。