「オバマが大統領となったのは時期尚早だった。誇るべきは白人というだけのプアホワイトの政治的関心を引き出してしまった」と私が書いたのはトランプ大統領誕生が決定した時だから、8年前のことだろう。以来その持論を時折書いていたが、佐藤優も「アメリカにとって黒人大統領の登場は時期尚早だったのではないか。地下水脈化していた人種差別を刺激し、副作用、もしくは反動が出て来た。つまりオバマ大統領が、トランプ現象を引き出してしまった」と全く同じことを1ヵ月前発売になったばかりの「グローバルサウスの逆襲」(文春新書)で書いている。対談の相手方である池上彰も「十分検討に値する」仮説と応じている。

「グローバルサウス」とは、明確な定義があるわけではないが、かつては「低開発国」→「発展途上国」と呼ばれた国々の現在における呼称であり、なぜアメリカの国内問題が取り上げられているのか?

ロシアのウクライナ侵攻により国連人権理事会から排除しようという決議は2022年採択されたものの、反対24、棄権58もあったことで、あらためて民主主義・人権主義といった西洋近代の価値観が敗北しつつあることを示した。棄権した中にブラジル、エジプト、メキシコ、タイ、インドネシアなど、いずれもロシアから石油や天然ガスや武器を買っている国が含まれた。絶対的価値観とされる「人権」より「自国第一主義」を貫いたのだ。これはまさにトランプ大統領と同じ。理念より利益ということだ。トランプ現象はアメリカ国内における「グローバルサウスの逆襲」と見ることができる。政治に興味がなかった人が関心を持ち始めるのは、市民社会が壊れている時、つまり、代議制民主主義が機能不全を起こしている時、と佐藤は説く。もともと民主主義が根付いていないグローバルサウスの国々は、中国の経済的成功を見て、悉く権威主義的体制をとってきている。意思決定の速さがある。経済的成功に民主主義も人権も必要ないことが明らかとなったのだ。

中国のグローバルサウス、ことにアフリカへの進出はかつてのヨーロッパ諸国の進出を一層質を悪くしたものとして有名だが、実はロシアはより賢く進出しているという佐藤の指摘がある。ロシアのルムンバ民族友好大学などへアフリカのエリート、医療分野で国費を使って教育し、さらに、資源を安く輸出するのではなく、自分たちでより付加価値の高い形にしてから輸出するための投資をアフリカ諸国からの要請に応じて行っているという。

さらに、佐藤は、朝日新聞がショック死しそうな提案を行っているので紹介しよう。

日本政府は早いうちに防衛装備移転三原則を緩めて格安でインドネシアに日本の兵器を売って、メンテナンスで儲ける仕組みをつくるべき

理由:アメリカは民主主義の価値観を振り回して東南アジアに最新兵器を売っていないからその隙間を中国が埋めている。兵器が中国仕様となれば中国に補給とメンテナンスを頼むしかなく、結果、中国と東南アジアが束になって日本に向かってくるという最悪の事態となる。まだ沿岸警備隊に毛の生えた程度の規模だが、インド太平洋地域に展開する本格的な海軍になった場合、アジアの地政学的地図は全く変わってくる。

 

その他、極めて教えられることの多い本だった。

 

西洋近代が生み出した民主主義を否定したら人類はどこへ向かうか?ひと月ほど前に読んだ「テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想」(橘玲著 文春新書)を思う。テクノロジーによって社会の幸福を最大化できるとする「総督府功利主義」となるのか。ただし、現実のリバタリアン(自由原理主義者)ティールは、「安全が保証されてこそはじめて自由が手に入る」から、効率的に監視するシステムを作り上げた。オーウェルの「1984」にしろ、現代中国にしろ監視国家はいかがなものか。