昨日、八代亜紀について書いていて、彼女もカバーしている「カスバの女」を思い出した。舞台がエキゾチックなカスバ(アルジェリア)という地ながら、まさに日本の演歌の1つの系譜である、地を這う怨念を、多くの女性歌手が歌っているこの曲、オリジナルでは誰の持ち歌か知らなかった。調べてみれば、エト邦枝なる聞いたこともない歌手による1955年リリースだという。作詞の大高ひさを(作曲は久我山明)によると1766枚しか売れなかったという。これを1967年緑川アコがカバーしヒットさせたので女性歌手が次々とカバーしたようだ。1766枚では1億から見たらほぼ0、人口に膾炙するようになったのは緑川アコの功績と言うべきだろう。

 

曲調も詞を読んでもまさに「怨歌」そのもの。

 

(前略)

ここは地の果て アルジェリャ

どうせカスバの夜に咲く

酒場の女のうす情け

 

その女にもパリのムーランルージュ(訳すと「赤い風車」)の踊り子という輝かしい、と言っていい過去があったのだ。

 

セーヌのたそがれ 瞼の都

花はマロニエ シャンゼリゼ

赤い風車の踊り子の

いまさら帰らぬ身の上を

 

同じく欧州を追われ対岸のアフリカに流れ着いた傭兵との一夜限りの恋

 

貴方もわたしも買われた命

恋してみたとて 一夜の火花

明日はチュニスかモロッコか  (中略)

外人部隊の白い服

 

まさに昭和のプロの作詞家の作と言っていい。見事な詞だ。詞中の「外人部隊」とは国民兵以外の傭兵で、まさに「買われた命」なのだ。(これには、伝統的に、「永世中立国家」であるスイス人が多いことは、「中立」の何たるかを知らない多くの日本人は知っておくべきだろう。)また、「赤い風車」とは、屋根の上のそれがトレードマークになっているキャバレー「ムーランルージュ」のことだろう。私も楽しんだことがある。(日本のいわゆるピンクキャバレーとは全く違う。歌や踊りのショーと食事を楽しむ場所だ。)

You Tubeで見ると驚くほど多くの歌手がカバーしている。前述の他、ちあきなおみ、青江三奈、藤圭子、石川さゆり、工藤静香、竹越ひろ子、リリィなどだ。男性でも、石原裕次郎、菅原文太、長渕剛、美輪明宏などがカバーしている。オリジナルのエト邦枝は全く評価しない。私の解釈では、怨念を凄みで歌唱しなければこの詞の正しい表現ではないのだが、それが全く無い。その点で、緑川アコ、青江三奈、八代亜紀、藤圭子の4人が優れる。私が最も評価するのは藤圭子と八代亜紀藤圭子は18歳の時これを歌っている。まさに怨歌の申し子と言うべきだろう。八代亜紀は凄みの中に抑制の効いた明るさがある。これが彼女の声(唱法)の特筆すべき点だ。無論、代表作「舟歌」にもある。「舟歌」は友人がカラオケで歌ったことで知った。私はカラオケでは英語曲がほとんどだが「カスバの女」もレパートリーに加えようかとも思う。

 

五木寛之の「昭和万謡集」にこの「カスバの女」は是非入れるべきと思う。プロの歌手がこれだけ多く歌っているのは、それだけで名曲である証拠と言うべきだろう。ただ、それは、オリジナル歌手の出来が悪いという弱点でもある。「怨歌」(えんか、うらみうた)という言葉を初めて見たのは五木寛之のエッセイだった。それは藤圭子について書かれたものだ。彼女を高く買うから、藤圭子「カスバの女」となるか。

「文藝春秋」2月号で「私の昭和歌謡ベスト3」(これが五木寛之「昭和万謡集」につながる)があり、帰省した倅からサポートミュージシャンの悲哀について聞き、さらに八代亜紀逝去が報じられたことから、図らずも、珍しく4回連続して歌謡曲がテーマとなってしまった。