おはようございます。本日もお読み頂きありがとうございます。

世の中が大きく変化してます。かつて私は、「サラリーマンは時間の切り売り業だ」と言っていましたし、今もそう考えています。しかし、いよいよ企業が求めるものが、『成果』にフォーカスし始めました。この大転換は、私達働く者にとって大きな価値転換点になると思います。

 

しかし、企業の求める『成果』とはいったい何を指すのか、何をもって『成果』を評価するのか、この辺りがとても難しく、全職種で今すぐ適用できるかは、疑問です。しかし少なくとも、サービス残業や超長時間労働など、悪しき慣行の是正につながる事は確かでしょう。

 

過去の日本企業は、有能で能力がある社員を長時間にわたって拘束し、求める『成果』を得ていました。その考えの元は、トップマネジメント以外の労働者の能力は均一であり、『成果』は投入する時間に比例するという考え方が原因だったと思います。

 

しかし、PFドラッカーが指摘している通り、現在は知識労働者が支える社会となりました。知識労働者と従来の労働者の違いは、その圧倒的な能力の差にあります。従来型労働者間の能力の差は、最大でも2倍あるか無いかくらいでしょう。しかし、知識労働者の能力の差は、何十倍、いや、一意無二の存在です。そして、今後、ロボット化やAIの普及により、従来型の労働者の需要がなくなるため、否応なしに全ての労働者は知識労働者とならざるを得なくなります。

 

そのような知識労働者の特性として、流動性が高い点が指摘されています。つまり、過去の労働者の生産手段は、企業が所有しているため、労働者が異動しても、生産性に大きな変化はないのですが、知識労働者の生産手段は、知識労働者の頭の中にあるため、重要な知識労働者を失うと、その企業の生産性が大きく低下する結果となるのです。加えて、そのような知識労働者を求める企業も沢山あり、つねに他社への移動に対して警戒する必要もあります。

 

日経新聞では、労働時間の短縮や働く側の待遇改善にフォーカスしていますが、本当は、有能な人材を確保するには、真の意味での『成果』を評価しなければいけない時代になって来た点が論点だと思いました。

 

55才が定年だった時代から、75年まで働く事が求められる時代に於いて、自分の働き方をどうするかが問われています。知識労働者は、ロボットやAIに代替できない労働者と同意語です。優れた知識労働者となるためには、人間性や知識、技能を常にアップデートし、末長く自分の能力を社会に対して提供し、貢献することに幸福を感じることが大切になっているのです。