雨のたのしみかた | Full Moon and New Moon

Full Moon and New Moon

月の満ち欠けを楽しみつつ、ふとした瞬間に撮影した写真たちと短いストーリーで綴る極めて個人的な考えと視線だけを中心としたバラッド。

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 ドアが開き、彼女が部屋へ入ってきた。
 部屋には、あらかじめ間接照明を灯してある。だから、彼女が髪や体の湯滴をぬぐっているバスタオルが、ごく淡い緑色であることがわかる。バスタオルは、髪から太腿のつけねまでを被う事ができる大きさだ。バスタオルが動くたびに見え隠れする、無駄なく引き締まった細身の体には、バスタオルの緑よりもわずかに濃くみえる若草色で心地よさそうな光沢のある素材で作られた小さなショーツだけを身につけていた。あとは裸だ。
 彼女は、部屋へ入ってきた時と同じゆっくりとした速度でやや大股に、ドアの正面にある壁とほぼ同じ高さを持つ窓へ向けて歩いた。足の裏に、よく磨かれたフローリングの木の冷たさが、心地良かった。
 彼女は、右手にイエロー・グリーンの透明の瓶を持っていた。蓋を抜いた瓶の中身は炭酸入りの水だ。ラベルには、デザイン的に工夫された製品名がグリーンのバリエーションで描かれている。フレーバーが加えられていないプレーンなものを好んでいる彼女だが、バスルームの窓ごしに降る中から窓の外に降る雨を眺めていて、ふと、ライムの香りを思い出した。それで、バスルームから出た後にキチンへ行き、冷蔵庫の中から炭酸水を一瓶とライムを取り出した。ライムは一部分をウェッジに切り取り、残りはラップで包んで冷蔵庫へ戻した。炭酸水の栓を抜き、瓶の中へライムを絞り込んだ。指先に軽く力を込めて数滴だけ絞り、ライムは瓶の中へと押し込んだ。
 だから、彼女がいま持っている瓶には、瓶よりも濃い色のグリーンによって出来る影が、うっすらと見える。
 彼女は、カーテンを引いていない窓から、ヴェランダに降りこんでいる雨をしばらくの間眺めていた。時々、右手に持っている瓶を口につけ、ライムの味がする炭酸水を飲んだ。バスルームにいる時はわからなかったが、雨はかなりの降りだった。そう大きくないヴェランダは、格子状になったウッドパネルを敷き詰めて、ウッドデッキのようにしつらえてある。雨は木の表面を激しく叩きつけるように、激しさそのままの音を立てて降り注いでいた。窓は閉まっているが、その音は静かな部屋によく響いている。今夜最後の天気予報では、落ち着いた声の男性が典型的な梅雨の気圧配置がくずれつつある天気図を見ながら、あと数日で梅雨明けになると説明していた。大陸から張り出してきた高気圧の動きを見ながら、この雨は今夜だけだろうと彼女も思った。
 激しく降り続く雨を見ながら、彼女は炭酸水を飲んだ。しばらくそうしていたが、ふと、髪から肩にかけたままのバスタオルをとり、フローリングの床へ落とした。そのまま窓の鍵を開け、激しく雨が降りつけるヴェランダへと出ていった。
 たちまち彼女の頭上からスコールのような激しい雨が降り注ぎ、またたくまに全身はずぶ濡れになった。ショーツの薄い生地が裸の体へぴったりと張り付き、形良く引き締まった尻の形がくっきりと顕わになった。さきほどバスルームで浴びたシャワーとは決定的に違う圧倒的な水量と極めて激しい水勢に、彼女は思わず歓声を上げた。
 雨は、初夏に近い気温を受けて少しだけあたたかさがあり、その温度も今の彼女にとっては心地よかった。
 雨滴は、彼女が右手に持った炭酸水の瓶の小さな口の中へも飛び込んだ。ウッドデッキに軽く両足を開いてまっすぐ立ち、雨に濡れる髪を左手で後ろへ何度も撫でつけながら、彼女は雨滴が入った冷たい炭酸水を飲んだ。そうして、裸の体に降りつける雨の感触と、ライム味の炭酸水と一緒に自分の体内を流れてゆく雨の雫を想像して、彼女の笑顔はより一層深くなりつつあった。