【高市政権発足から修羅場政局】まさかアメリカが…。攻撃前に起こった政局と注意点、支持率と国会状況 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

【高市政権発足から修羅場政局】まさかアメリカが…。攻撃前に起こった政局と注意点、支持率と国会状況を解説。【文化人スペシャル特集】 3/1 17:00~




#くそくそくそくそだ。!!
#早く消えろ。!!
#反日売国奴工作員
#移民はもういらん



痛風君が来りて死んでいた。

2月の25日の午後に痛風君がやってきた。
最初は捻挫かなと思っていた。

この日の午前中は3ヵ月ぶりの、「ひたち医療センター」への通院だった。
子の週の日曜日に桜川のボロ屋敷に帰ってきた。
マルトでは一週間分の食材を買って直ぐに田尻のeteekoハウスに戻るつもりでいた。

今回、戻ってきた魔は、「ひたち医療センター」に通院するためだった。
桜川のボロ屋敷はとうとうエコキュートも壊れてお湯も出なくなってしまった。
IFクッキングヒータは大分前にいかれていた。

水道管は途中で水漏れしてる。
水を遣う時だけ水道管の元栓を開け閉めしてる。

壊れても、生活保護を受ける前は修理をするお金があった。
それもつきたなあ。

最後にエコキュートが壊れた時に修理した。
ヒートポンプが逝かれてて、新品に入れ替えた。
25万くいかかったのかなあ。
あの時で預金は底をついてた。

墓碑に銘を刻んでもらうのには、南ICの出口の近くにある墓石センターにプリちゃんででかけてた。
この時までは、プリちゃんはいきてたんだなあ。

墓碑の銘は、お袋と一人者で亡くなった里美の叔父さんの墓碑の銘を淹れる理を頼みにいった。
二人で5万円払い込んだのをきおくしてる。

それが墓碑に金を書けたのは最後だったなあ。

里美の叔父さんの事を思い出すだけでいろいろな過去の記憶がよみがえってくるなあ。

里美の叔父さんが港病院に入院してるから見舞いに行ってくれと久慈浜の叔母さんかられんらくがあった。

いろいろおもいだすなあ。

書ける内にちょこちょこ書いて行こう。
まとめられたらまとめよう。

etekoの奇妙な人生。

奇妙な人生を書き残していこう。