太平洋戦争・ミャンマーで戦没した父の遺骨は終戦から72年ぶりに息子の元に返るのか?「ゼロファイタ | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

太平洋戦争・ミャンマーで戦没した父の遺骨は終戦から72年ぶりに息子の元に返るのか?「ゼロファイター」シリーズ3【ノーベル平和賞



時間を遡る墓参り

ナカちゃんのお墓参りは高萩の菖蒲霊園。
親父のお墓は、日立市の東平霊園? 。
名前が手で来ない。

認知症かなあ。

バカなりに妄想する。

父方のお墓には、かれ切った生花が刺さったままだった。
年末に活けた花がそのままになっている。

ここは、親父の両親と兄弟の二人が納骨されている。

以前は、生花があった。
親父の兄弟の親族が来てた。
今回は無かった。
来るのが早すぎたのか。
もうこないのかもしれない。

みんな年を取りすぎた。
動けなくなってる。





ナカちゃんが、実家のお墓をお墓を菖蒲霊園に移設した。
実家のお墓は、江戸時代当たりか続くお墓だった。
親族達の経堂墓地だったんだろうか。
実家の家の近くの近くの小高い丘の途中に設置されていた。

田んぼのあぜ道から、丘に登る狭い道が続いていた。
は入り口までは、軽トラでは入れたが、そこから狭くて、軽トラも上がれなかった。

そこから、100メートルぐらい、丘の坂道を登っていくと、突き当りが、このみた地域のいになっていた。
20基ぐらいの墓石が建っていた。

その墓石のすべては、大きな自然石だった。
平べったい大きな石に戒名とか文字が刻んだものだった。
奥に小さな社が建てられていた。

墓石は、みんな苔むして湿っていた。
刻まれた文字は経年劣化でうすくなっていた。

そんな古い墓石の半分くらいは、昭和の頃に大量に盗難されてしまった。

あの頃の盗難は、外人でなかったかもしれない。
でも、半島かもしれないなぁ。

ナカちゃんは、etekoに子供の頃から、半島とは、かかありをもつなと言ってた。
半世紀以上も前からそう言ってた。