PAT METHENY Trio- Live in France - Marciac Jazz | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

PAT METHENY Trio- Live in France - Marciac Jazz 2003



いろいろな物を食してるなあ。
貧乏なetekoは自炊なんだけど、今は炊事の道具があるからいいよなあ。

学生時代は、何もなかったなあ。
テレビも冷蔵庫もなかった。
一年生の時は、大宮の戸建ての二階の一室だった。

大宮校舎の近くに建てた戸建ての一室だった。
若い夫婦が家主で、小学生の低学年の女の子が一人いたなあ。

2階は何部屋あったんだろう。
部屋の広さは6畳はあったのだろうか。

床は畳だっか、フローリングだったか思い出せない。
この部屋にもちこんだのは、電気こたつと布団だけだった。
そして、ギターとラジカセだけだったかなあ。

その部屋に簡易の炊事場がついていた。
水道の蛇口がついてる小さな背面台。
そこに、プロパンガスの小さなコンロが一つ置いてある。

無理やり貸し部屋に仕立てたと言う作りの部屋だった。
家は建ててから、10年はたっていないようにみえた。

最初から、家を新築して、ローンの返済に、貸し部屋を計画してたに違いない。
そんな部屋に、一年間、暮らしていた。

この家は、学校の運動場の境に張られたフェンスが、一部、切れた場所がある。
フェンスの外は畑になっている。
フェンスの切れたところから、農道が伸びている。
そこを5分くらい歩いていくと、5、6区画の分譲地が広がっていた。
そこに、5、6軒の新築の戸建てが建っていた。

その中の一軒の二階の一室を借りていた。

家賃は払っていたけど、お金はどうしたんだろう。
現金書留かなあ。
お金に困ってたということはなかったなあ、
酒もタバコも飲まなかったしなあ。

学費は、親が払っていたんだろうなあ。

考えてみたら、今までは、お金に困ったと言うことはなかったなあ。

今までは、貯金もあったのになあ。
貯金は、ゼロになっちゃった。

今は、少ない年金暮らしだ。

脊管狭窄症で歩けなくなってきてる。
マルトに食料の買い出しを行くのも一苦労だ。

帰らぬ昔を思い出しても何になるだなあ。
でも、書き残しておかないと、消え去るだけ。