周りの市営アパートの受任はみんな消えたみたい。
2階建てのアパートが10棟で、1棟に4家族が入れるつくりになっていた。
昭和の時代までは、まんぱいだった。
一家族が4i人としても、160人は住んでいた。
記憶では、二世帯で入ってた人達もいた。
このアパートでは、200人くらいはいたかも。
それが、平成を経て令和の6年の現在は、誰もいなくなった。
みんな、何処に消えたんだろう。
etekoと、4,5歳下の子供達がたくさんいたなあ。
そんなもんで、etekoはガキ大将になれた。
小学生の頃までは、児童公園で、三角ベースや缶蹴りをやって遊んでたなあ。
etekoのボロ折敷の周りに6s4にある平屋のアパートは、6棟あり、20家族が入居できる作りになっている。
実際に、20家族が入っていた。
ここの市営アパートは、戸沢アパートと呼ばれていた。
旧地名からの名がつけられていた。
このアパートに、80家族が暮らしている時代に、etekoは、子供時代を過ごした。
200人きらいの人間がきえた。
ゴーストタウンだなあ。
こうして、日本人は消えていくのかなあ。
残ってるのは、北のパチンコ屋と韓国の会社だけだなあ。




