etekoチャンネル #0050 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

etekoチャンネル #0050

 

 

 

 

昔のギターのお稽古風景だなあ。

 

こんな事をやってるetekoは幸せ者かもしれないなあ。

こんことやれるジジイは絶滅危惧種だよ。グラサングラサン

 

変な夢を見た。

日本保守党の演説が影響してる。

日本は、アメリカに敗戦した時には、世界中で一番の最貧国だった。

アメさんが、日本を焼野原にした。

 

そんな中から、日本は復興し、19年目には、東京オリンピックをホスト国として開催した。

そして、東京、大阪間に新幹線を通した。

 

百田尚樹とetekoは、同世代だ。

そんな、日本の高度成長時代に生まれ育ってきた。

そして、今まで生きて来た。

 

68年間も日本のいろいろな姿を見てきた。

 

それ以前の両親の話しは聞いたことがなかった。

なにも話してくれなかった。

 

 

親父とほとんど口をきかなかった。

同じ家にいながら、全く会話はなかった。

 

 

先週だったか、ゴミ袋を出しに行った時に、牛を伸ばして、おひとり様のお花見をした。

黄色いカラス除けのネットの前に立ってるetekoの背後に桜香川がながれてる。

ここから、100メートルもない距離だ。

 

 

 

 

よたよた歩いて行くと、満開だ。

これだけ咲いているのに花見をしている人はいない。

この地域の人間は、どんどん消えていく。

 

 

端の向こう側は更地になって、三区画が売り出されてる。

板金屋の二階建ての一禁コンクリートの家があったけど、あっという間に取り壊されて更地になってる。

戸建てが建つのかなあ。

 

今までは、見えなかった鉄塔の足元辺りが見える。

 

川に沿って伸びている遊歩道。

ここには、天狗巣病によって伐採された桜の木の切り株が残ってるなあ。

大きな木から若い木まで。えーんえーん

 

みんな咲き誇っていた頃の画像は残ってるかなあ。

咲き誇ってる頃でも、お花見をしてる人影はあんまり見かけなかったなあ。

 

これ背の写真を見返して、かこの木置くん゛いろいろよみがえってきた。

etekoのボロ屋敷か最初に建って、山側に、Fさんの家が出来た。

それから、周りにしエスアパートが建設それた。

その同時期に、床屋さんの家が建設された。

 

 

市営アパートが建設される頃に、市営アパートの児童公園は、市営アパート建設の業種の半場だった。

そこに、作業員が住んでいた。

その作業員の幼い子供もいた。

 

直ぐに仲良くなって、2,3年は、久しく付き合っていた。

 

児童公園の半場に行くと、なべ一つが吊るしてあった。

その鍋の飯をごちそうになった事も何度もあった。