田尻のetekoハウスにいる。
桜川のぼろ屋敷の食生活との比較では何も変わらないなあ。
近くにあるスーパーのマルトで食材を買い込んで自炊してる。
外食してまで食したいものはないなあ。
それよりも、歩けなくなってる。


etekoハウスの床は抜けていない。
まだ、しっかりしている。
それでも、築10年は立ってしまっている。
家が建ったのは、2011年の東北大震災が来た年だからね。
2011年の3月11日の午前中に、田尻の更地で、地鎮祭を行った。
ハウスメーカーの担当者と担当者が千葉の方から呼んだ神主さんの二人。
施工主側は、etekoとナカちゃんの二人きりだった。
etekoハウスの地鎮祭の参加者は、4人だけだった。
更地の6区画に一番乗りの地鎮祭だった。
地鎮祭は、すぐに終わった。
桜川のぼろ屋敷戻ってまったりしていた。
午後のあの時間に、地面が揺れだした。
etekoは、裏の鉄骨倉庫の屋根に作ったeteko農園にいた。
そこで、倉庫が揺れだした。
強い揺れが止まらなかった。
ドーンと揺れが止まらない。
二階のベランダから、鉄製の階段を手すりを伝いながら降りた。
地上に降りた。
それでも、地面は揺れつづけている。
倉庫の太い鉄骨の柱が目に入った。
鉄骨の柱が、ぐにゃぐにゃに波打ってるのを見た。
そんな光景を見たのは、生まれて初めてだった。
こんな揺れが続いたら、築60年近くの家は崩れると思えた。
その家の中には、足の不自由なナカちゃんがいる。
ナカちゃんと外出する時には、車椅子を積んでいった。
午前中も車椅子を積んでいった。
揺れが止まって、ナカちゃんの部屋に行くと怯えていた。
車椅子に乗せて、隣の洗濯屋の前の駐車場に非難した。
その時には、電気は停電していた。
まだ、暗くなかったのが救いだった。
あの時は、夜は何を食したんだろう。
思い出せない。













