etekoチャンネル #0038 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

etekoチャンネル #0038




田尻のetekoハウスにいる。
桜川のぼろ屋敷の食生活との比較では何も変わらないなあ。
近くにあるスーパーのマルトで食材を買い込んで自炊してる。
外食してまで食したいものはないなあ。

それよりも、歩けなくなってる。ガーンガーン





etekoハウスの床は抜けていない。
まだ、しっかりしている。
それでも、築10年は立ってしまっている。
家が建ったのは、2011年の東北大震災が来た年だからね。
2011年の3月11日の午前中に、田尻の更地で、地鎮祭を行った。
ハウスメーカーの担当者と担当者が千葉の方から呼んだ神主さんの二人。
施工主側は、etekoとナカちゃんの二人きりだった。

etekoハウスの地鎮祭の参加者は、4人だけだった。

更地の6区画に一番乗りの地鎮祭だった。

地鎮祭は、すぐに終わった。

桜川のぼろ屋敷戻ってまったりしていた。
午後のあの時間に、地面が揺れだした。

etekoは、裏の鉄骨倉庫の屋根に作ったeteko農園にいた。
そこで、倉庫が揺れだした。

強い揺れが止まらなかった。

ドーンと揺れが止まらない。
二階のベランダから、鉄製の階段を手すりを伝いながら降りた。
地上に降りた。
それでも、地面は揺れつづけている。

倉庫の太い鉄骨の柱が目に入った。
鉄骨の柱が、ぐにゃぐにゃに波打ってるのを見た。

そんな光景を見たのは、生まれて初めてだった。びっくりびっくり

こんな揺れが続いたら、築60年近くの家は崩れると思えた。
その家の中には、足の不自由なナカちゃんがいる。

ナカちゃんと外出する時には、車椅子を積んでいった。
午前中も車椅子を積んでいった。

揺れが止まって、ナカちゃんの部屋に行くと怯えていた。
車椅子に乗せて、隣の洗濯屋の前の駐車場に非難した。

その時には、電気は停電していた。
まだ、暗くなかったのが救いだった。
あの時は、夜は何を食したんだろう。

思い出せない。