今日は、魚座は、1位だよ。
なんか言事あったかなあ。
何もなかったなあ。

もう、何年も自炊してるなあ。
誰も訪ねててこないなあ。
ひとりで食してても何も悲しくないなあ。
etekoは、ずーと、ぼっちだったなあ。
物心ついた頃から、家族と会食したことはなかったなあ。
食事は、自分の部屋で、母親が持ってくる食事を食してたなあ。
小学生の高学年の頃から、食事はいつも一人だったなあ。
その頃に、親父が晩酌で暴れるようになったよ。
母親が炊いたご飯が、硬いとか、柔ら五階とか言って、暴れ出した。
自分のストレスを、母親にあたるようになった。
ちゃぶ台返しの毎日だった。
それから、親父とを、会食することしなかった。
会話をすることもなかった。
まともに会話をすることはなかった。
あの頃の親父は、新町の店の事でストレスが頂点だったんだろうなあと、今では、わかるよ。
新町から、桜川ボロ屋敷に移ってきた親父は、新町のお店を年の離れた弟に任せた。
その弟は、双子の兄弟のひとりだった。
もう一人の弟は、実家の米屋をついだ。
何もかもが上手く回り出した親父は、あの頃が有頂天だったんだなあ。
それが、どん底の悲劇に落ち込んだんだなあ。
etekoが小学生の高学年になった時から、同じ家に住んでるのに、会食も、会話もなくなった。
親父が死ぬまで、まともな会話をした記憶はない。

でかいボロ屋敷を建ててた頃に、親父に連れられて、このボロ屋敷に来たことを覚えてる。
セメント張りの土代だけだった。
周りは、田んぼや畑が広がっていた。
遠くに、農家の家がぽつぽつ見えた。
ここに来た時、親父に、トイレの穴に、入れられた記憶がある。
資格に囲んだ一画の土地に穴ぼこが開いていた。
そこが、トイレと言うかベジョニなる場所だった。
その穴に入れられた。
内炎に入る前の幼いetekoは、その穴にほうりこまれた。
当然、剃トリでは這い上がれない。
そんなetekoの姿を見て、親父は笑っていた。




