今日の「あさ8時!」を聞きながら、昨日の「あさ8時!」の下書きに編集をしてる。
なんかわからん事態に生ってる。
この現象は、VAIO のキィーが、1個だけ入力できない箇所がある為だ。
下書きした記事は、hp のパソコンで編集してる。
理不尽な世界に居るなあ。
それにしても、今日は寒い。
曇りで、最高気温が 6℃ だよ。
コタツから出してる手が直ぐに冷たくなる。
部屋にいて東証にな男。
部屋にいて投資した男。
話題になるなあ。
【etekoの回想録 創作ノート その1】
思い起こしてみれば、これを食べたいと思ったことなかったなあ。
このラーメンを食べたいとか、一度もなかったなあ。
あれを食べたい、これを炊経たいと言う食欲は、今までなかったなあ。
今まで生きてきて、食べられずに凝ったと言う事はなかったなあ。
etekoは、初孫なので、父方の祖父母には可愛がられた。
祖父母の家に泊まりに行って過ごすこともあった。
その時にだそれてた食事で、これがおいしかったという記憶はない。
ただ、祖父に連れられて、離れた場所の、畑と言うか、菜園に行った時に持たされた、大きな絵握りは美味かった。
あの場所は、今の日立市の運動公園の、西側の斜面だった。
そこの斜面は、祖父が金策に困った地主から購入した土地だった。
そこに、祖父は、家庭菜園みたいな畑を作った。
そこでに、幼いetekoは、何回か、祖父の自転車に乗せられて連れていかれた。
その斜面には、畑まではいかない、家庭菜園の大きなものが作られていた。
その端っこに、葡萄の棚があって、その後ろにトタン張りの日よけの付いた、小屋まで行かない犬小屋モドキが建てられていた。
そこには、農作業に使うカマとか、柿が置かれていた。
その前が、昼におにぎりを食べる場所だった。
誤坂みたいのがひかれて、すわりながらおにぎりを食した。
あのおにぎりが、祖父母の家だ食した食の中で一番買ったなあ。
祖母が作った食事の中で、これは美味かったというものは、その時の味噌を塗ったおにぎりしかないなあ。
そこで休んでる時に、祖父から、ブラジル移住の顛末を聞かされた。
爺さんは、会津の田舎に生まれたけど、稲作だけでは食えないので、ブラ尻移住を決意した。
もともと、身体が汽車で、米作りも難儀してた。
それで、ブラジル移住を決心して、神戸まで行った。
ところが、最終検査で、きゃしゃな体が引っかかって、移住許可が下りなかったらしい。
身体よりも、視力の方が問題だったらしい。
ブラジル移住の為に、田畑を売り払って、幼い二人の子供二人を、親戚に預けて、会津を飛びだした祖父母は、どん底に落ち込んだ。
神戸から、生まれ故郷に近い、茨城県の日立市まで戻ってきた。
その頃の茨城県の県北地帯は、日立銅山と日立製作所で、バブル義った。
そんな、日立市に、父方の祖父母は住み着いたと言う事だった。

















