R5 12/07【ゲスト:飯山 陽】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第263回 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

R5 12/07【ゲスト:飯山 陽】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第263回

キシダは新年を迎えられるのかなあ。

自民党は倒壊。

公明も維新も、

情弱は知らない。




【そして、誰もいなくなる。創作ノート その1】

etkoのボロ屋敷の裏側には、市営の平屋のかまぼこ式の集合住宅が4棟立ち並んでる。
etekoのボロ屋敷が建ったのは、昭和35年だった。
ちょと、づれてるかもしれない。
引っ越してから、直ぐに、山の方にある幼稚園に通学したのを記憶してる。

etekoのボロ屋敷が建築し始めた頃は、周りは見渡す限りの田園地帯だった。
etekoのボロ屋敷の玄関の前の道路は、田園地帯には割と広い砂利道が通っていた。

これは、6号国道までつながっていた。
まりが、田んぼや畑ばかりなのに、広い砂利道が通されたのは、昭和30年代になってからみたいだ。
それは、市営の団地を造成する為だった。

etekoのボロ屋敷が建ってから、周りに市営のアパート団地が20棟くらい造成された。
海の方が平屋のアパートで、山側の方は2階だて鉄筋コンクリート造りの酒豪住宅が造成された。

この団地が出来た時は、入居者が直ぐに埋まった。
1棟の建屋は、4室に区切られていた。
そこには、小さな子供達がいる夫婦が入居した。

今はアパート暮らしだが、お金をためて、その内に家を建てて、移ると言う若夫婦が多かった。

アパートの部屋の間取りは、分かっている。
小学生の頃までは、平屋のアパートにある児童公園で、毎日のように、三角ベースや缶蹴りり何かをやって遊んでいた。
いつも、アパートの住人が10人くらいは集まっていた。

仲良くなったアパートの住人の子供の家に上がり込むこともあった。

平屋も二階建てのアパートの間取りも小学生のころまでには知り尽くしていた。

平屋の方は、8畳くらいの部屋が二つあり、そこにトイレと、キッチンがある。
平屋も二階建てのアパートも住居スペースの前に8畳くらいの広さのお庭のスペースがある。

平屋のアパートには、この二羽のスペースに風呂場のスペースの部屋が張り出している。

二階建ての方は、一階の部屋のスペースが10畳くらいの広さだろうか。
そこに、玄関の両脇にトイレと浴室のスペースが設けられていた。

一階が狭いダイニングと言ったところだ。
そこには、二回の部屋に上がる階段が付いている。

二階の部屋は、大抵、子供部屋になってる。
二階の部屋は、それほど広くなかったなあ。

そんな事を思い出した。

こんな事を描きだしたのは、etekoのボロ屋敷の裏のアパートの一棟が、完全に住人が消えたからだ。

それも、今週の月曜日になって気が付いた。
食料を諏訪のマルトに買い出しに行った時に行った時に気づいた。

4部屋の内の、3室が空き家になってた。
端の一部屋に、老夫婦が住んでいたんだけど、部屋を突然に引き払ったみたい。

一棟が、完全な空きアパートになってしまった。