バンされる。
8回連続。
狙われてる。
何が悪いのか。
気に入ららなければ生きる資格もない。
落ちこぼれ。
同じ年なのになあ。
百田尚樹と同年代。
安倍君は、一つ上。
遣られて分かった。
中凶も日本もおわりなのかなあ。
2023年の年明けの頃の写真。
年明けの1週間くらいは、etekoハウスにいた。
タバコが切れて、マルトに買い出しにでかけた。
6号国道を横切っていくまでの周りの風景を撮ってみた。

etekoハウスの玄関を出て、海側の方に向かって歩く。
田尻川に沿った道路を50メートルくらい歩くと丁字路にぶつかる。
右側は橋になっている。
etekoは左に折れて歩く。
考えてみたら側を流れる田尻川はコンクリートで固められた回路になって。
田尻川は、6号国道の下を横切って、マルトのあるショッピングモールの敷地のヘリを流れていく。
あそこも、コンクリートで固められていて水路になっている。
川底もコンクリートで固められている。
その先はどうってるんだろう、河口はどうなってるんだろう。
わからん。
etekoハウスが建ってから、12年も過ぎたのに、この水路が田尻川と分かったのは最近になってからだ。
市報の記事にこの水路の写真がでてて、田尻川の清掃なんて言うタイトルがついてた。
etekoハウス敷地の地鎮祭をやった日は、2011年の3月11にちだった。
メーカの営業さんと、メーカーが千葉県の方から呼んだ神主さん。
そして、etekoとナカちゃん。
etekoハウスの地鎮祭の参加者は4人のみだった。
10時ころに、敷地に集合した。
更地には、決壊?が市報に植えられたは沿い竹で囲われていた。
そひにお供え物を供える台が置かれていた。
お供え物は、etekoの方で酔いしたのもあったなあ。
地鎮祭の前に、ナカちゃんを車にのせて駆けずり回ったのを思い出した。
寂しい地鎮祭は、あっけなく終わった。
桜川のボロ屋敷に帰って、まったりしてると。
地面が揺れだした。

地鎮祭をやった時は、5区画が更地だった。
更地と言っても、農地だっようだ。
買い手がつくまで、税金対策で、梅の木が植えてあった。
川尻川に面した3区画は、植わってた梅の木を魏際してあった。
裏手の2区画は、梅の木が植えたままだった。
更地の5区画で、etekoハウスの建設が最初に始まった。
それから、2年もしない内に、更地は戸建ての家で埋まった。
周りの家との交流はまったくない。
家は密集してるのに、誰が住んでるのか全く知らない。
誰とも会わない。
誰からの記憶も消えた。
消された。


















