【複製】R4.12/05 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第11回 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

R4.12/05 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第11回

ズラをつけた百田さんを初めて見た。

ボウズ頭しか知らないetekoはびっくりだよ。
頭に髪があるのとないのでは、人の印象はこんなに変わる。




田尻のetekoハウスに居た時の写真。
etekoハウスにいると毎日、仏壇に線香をあげる。
今回は二週間続けて線香をあげてた。

思い起こせば、この仏壇は、桜川のボロ屋敷にあったものを移した。
2011年までは、この仏壇は桜川のボロ屋敷に置かれていた。
この仏壇がボロ屋敷に入ったのはいつの頃だったろう。

親父のお袋さんが無くなった時だと思う。
それまでは、家に仏壇はなかったなあ。
小さな仏壇みたいのはあったのかなあ。
記憶にない。
神棚はあったなあ。

神棚と言っても、食堂の部屋の過度の所に板をつるして作ってた。
鴨居の長押のわずかに出張ってる所を支えにつるしてた。

中央に訳の分からん御札が立てかけられていた。
その両側に榊を供えるなんかの空き瓶が二つ置かれてた。

ちゃんとした神棚じゃなかった。
神棚モドキだった。

この神棚には、しめ縄がつられていた。
しめ縄は、毎年取り換えていたのか。
しめ縄に垂らす飾りの紙を毎年作らされてたのを思い出した。

垂らす紙の名称はなんて言うんだろう。
和紙を切って折りたたむ方法を何度も教えられたけど何も覚えてない。

神棚モドキには、まともな神具は、ひとつもなかった。
まともに拝んだ記憶もないなあ。

でも、しめ縄のお飾りの取り付けは、毎年やらされていた。

この作業は楽しくなかったなあ。
こんな事をなんで遣るんだろうとか思ってた。

神様と言う物を信じなかったしなあ。

仏壇の事から神棚ことを思い出してしまった。


こんな事を書くのに、仏壇と神棚でぐぐつてみた。
知らないことがいろいろ出て来た。
書いてるよりも、時間がかかるなあ。






庭の草むしりはやらなかったなあ。
家に閉じこもってた。
庭で収穫できたものは、まだ完全に黄色くなってないミカンを15個収穫した。
一日に、一個のペースで食した。
最後の日に食べきれなかったの皮を剥いたミカンの半分くらいを持ち帰った。








髪を切る前のetekoの自撮りだ。
髪が耳にかかってる。
カットしてもらう時は、耳が完全に出るようにしてと言う。
それに合わせて髪を切ってとお願いする。



今日は12月の7日。
朝から寒かった。
効かないエアコンを自動にして入れてる。
ワ―ルドカップの日本はクロアチアにPK戦で敗れたみたい。
テレビ見られないから、結果しか知らんけどね。
2022年の日本は、ジェットコ-スタ―みたいな試合結果だったなあ。

リ-グ戦では、過去に優勝してる、ドイツ、スペインを撃破した。
でも、格下のコスタリカには敗北。
最後のスペイン戦でリーグ敗退と思ってた。

朝、目覚めると、日本がスペインを撃破だってさあ。
最初にスマホの速報を見た時は信じられなかった。
それも、死のリーグを一位通過だってさあ。

信じられんよ。びっくり


ペスト16のリーグ戦での対戦はクロアチアだよ。
日本はリーグ戦の勢いに乗ってベスト8入りかとも思ったよ。
テレビ見られないから、ネットのニュースで試合の侵攻状況をチェックしてたよ。
試合の開始は、日本時間で、6日の0:00時からだったよ。

現地での試合開始は、18:00時だよ。
時差が6時間あるんだと分かった。

0:00時から始まった試合は、日本が先制したことは、分かった。
でも、それ以後は寝落ちしてしまった。
元気玉を送り続ければ、日本は勝利してたかもね。

2;00時過ぎても結果が分からなかった。
どうなってんだ。
ハ-フは、45分だろう。
その間に、休憩が入っても、2時間で結果がでてるはずだと思い名がら寝落ちしてしまった。

朝、目覚めたら、日本の敗戦だってさあ。
それも、PK鮮で敗れたってさあ。
そんなもんだよなあと思った。

でも、日本はカメさんの様に前に進んでる。ニコニコ



今日は、12月8日。
etekoハウスに居た時の写真を見ながらいろいろ回想してる。
ここは、山側の狭い通路。
庭と呼べないのかなあ。
2011年にナカちゃんが、この家に移りすんだ時に山側の隣の家には、ナカちゃんと同じような婆さんが一人暮らししていた。
隣の家はetekoハウスが更地の時から建っていた。

隣の家は平屋の一戸建てだ。
狭い通路を挟んだ家は、リビングルームの前が狭い庭になっててて、庭木に水やりしてる婆さんを見かけることもあった。
その時には、挨拶をした。

隣の婆さんも、etekoがナカちゃんの息子だと言う事は認識してたみたい。
隣の婆さんとナカちゃんは、ひとり暮らしの老婆という境遇とお隣さん問う事もあり、茶飲み仲間として行き来してみたいだ。

ナカちゃんが、ある時、隣の婆さんの車に乗って買い物に出かけた時、車の運転が怖かったとこぼしていた。
足の悪かったナカちゃんは、家の外には出られなかった。

部屋の前の庭にグラジオラスとか菊の種を蒔いて草むしりをするくらいだった。
etekoハウスにナカちゃんが映った頃は、島崎病院で、両足の股関節に人工関節を埋め込んだ手術を受けたあとだった。
それまではほとんど歩けなくなっていた。

あの時は、80歳は超えていたか。
歩行困難になってから、人工関節の手術を受ければ少しは歩けるようになると分かってた。

でも、糖尿病でインシュリンを打ってたせいもあって、手術を躊躇してた。
それが、80を過ぎて吹っ切れたんだろう。

人工関節の手術は、2回に分けて行った。
2回に分けたと言うか、片方の足を手術したら、片方の足にも負担がかかって痛くなりだしたみたい。

ト-タルで四日カ月くらいは、入院生活をおくってた。


それに白内障の手術も日立総合病院でやった。

いろいろな事を思い出すなあ。
あの頃は、デーサ―ビスにも週二日で行ってた。

ライオンハートとか言う施設だった。

ナカちゃんが倒れる前の一年くらいからは、デーサ―ビスに行くのもつらくなって、デーサ―ビスを休むようになった。
暖かくなって身体の調子が戻ったら、行くと言ってた。

その間も、いろいろな事があったなあ。

隣の婆-さんは、ある時から見かけなくなった。
隣の家のリビングの戸のシャッタ-は閉まりきりになっていた。
ナカちゃんに聞くと、具合が悪くなって、病院に運ばれたと言う。

山側の隣の家は、etekoハウスよりも先に空き家になった。
年に一、二回、娘夫婦と思われ男女が空き家の掃除をしてるのを見かけた。
それに空き家になってから、道路側の柵の工事もしてた。

娘夫婦は、アパ-トなんかの借家住まいなんだろう。
ゆくゆくは、空き家になった家に移り住むんだろうなあ。

狭い砂利を敷いた通路の写真を見ていろいろ思い出した。

結局、ここの通路の草むしりは、今回も手つかずだ。ショボーン