最初は、水戸光圀で始まった。
水戸黄門の事は、幼稚園に入る前から知ってた。
幼稚園に入る前までのetekoは、日立鉱山の城下町の新町と言う場所で生まれて住んでいた。
ここで親父が米屋をやってた。
お店は仮店舗とだった。
家も借家だった、
新町の商店街の一角の米屋だった。
幼稚園に入る前の記憶だから、あんまり残ってないけど、鮮明に記憶に残ってるいろいろな記憶もある。
両親は、仮店舗のお店で働いてた。
etekoは、幼かったので、店に連れていかれた。
そこで、オートバイの荷台につける大きな籠のなかに入れられて過ごしていた。
その頃はまだ、テレビは普及してなかった。
幼いetekoは、絵と言うか、ダンボ-ルや壁に絵と言うか落書きをするのが好きだった。
etekoが退屈しないように、漫画本の月刊誌、「少年」を毎月、買い与えてた。
そこで、手塚治虫の、鉄腕アトムや横溝光輝の「鉄人28号」を、知るようになった。
そんな環境だったから、絵と言うか、落書きをするのが好きになった。
その頃に、近くの共楽館で、月形龍之介の水戸黄門の映画を見ることがあった。
そして、水戸門漫遊記の漫画本も買ってもらった。
アトムも黄門様も、テレビのアニメやドラマが始まる10年以前くらいからしってたよ。
そう言ったら、「さよなら、さよなら。」の淀川さんが解説してた日曜洋画劇場が始まる前から、ジョン・ウェインやジャン・ギャバンの名前を知ってたなあ。
近くの共楽館でいろいろな映画を見たなあ。
あの頃は、テレビ普及の前夜だったからなあ。
今だと分かるんだけど、幼少の頃に、水戸黄門に出会ったのは、母親のナカちゃんの意志だよ。
ナカちゃんの生まれた実家は、今は常陸太田市の中染だよ。
そこから、水戸光圀が隠居してた隠居所の『西山壮」は、近いと言えば近いよ。
ナカちゃんのご先祖様達も、黄門様にはお世話になって来たんだろうなあ。
水戸藩主だつた水戸光圀を悪く言う人はいなかったんだろうなあ。