ナカちゃんの思い出話し。創作ノート その1 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



【ロシア軍艦作れず】造船所が廃業【デジタル庁トップ】1年足らずで交代。アレすぎる話

私は、令和元年に亡くなった。
今は、この世にはいない。

私は、どこにいるんだろう。
天国なのか地獄なのか分からない。

暗くもない、明るくもない世界に自分の魂と言うか心だけが動いてる。

今は、自分の生きてた時の事をいろいろ思い出す。

そして、疲れては眠る。
眠ると言うよりは、思考が停止する。

そして、思考が再開する。

そんな繰り返しだ。

私は、昭和2年に生まれた。
生まれた時には、上に二人の姉がいた。
そして、下には弟ができた。

家は、茨城県の県北地帯の中染村(なかぞめ)の農家だった。
那珂川の支流の中里川の支流に存在する農家だった。

茨城県の県北地域は、阿武隈山系の西端にあたる。
茨城県の県北地帯は、山の中にある地域だ。

その地域を東北に行けば、那須連山の栃木県だ。
そこから、那珂川、久慈川などの大きな河川が、茨城県に流れ込んで、太平洋に河口を広げている。

これらの河川の流れる辺りには、太古から人が住み着いていた。
元々は、狩猟目的で入り込んだ縄文人だった。

住み着いた人々は、狩猟だけでは生きてゆけなくなった。
食糧を確保する為に、農作を始めた。

やせた土地に、コメや野菜を作って生きてきた。
川では、魚も獲った。
海に近い、人達は、海に出て魚を取った。

生きるために、ほぼそと、農村、漁村が発達していった。

大きくなった部落には、部落を収める長が出てきた。

そこには、権力、宗教と言う物が生まれて、民衆を支配するようになった。

それは人間の欲望と言う根源から生まれたものだった。

長くいきたい、子孫を残したい。

その為には、他の地域との争いも増加した。

強い武力をもつ部落が生き残ってきた。

何時しか、日本は天皇という家族が権力の頂点につくようになった。
しかし、この天皇に付け入る輩は、3000年以上も続いてる。

天皇はある時期は、権力の頂点に達したが、それも一時だった。

歴史は、その時代の権力者によって書き換えられてきた。
何が歴史の真実なのかは、その時代に生きてなければ分からない。
その時代にいきてても、世の中がどうなってるのかなんて、誰にも分からない。


ただ、私が生きてた時の事は、いろいろ思い出せる。