【2022年4月11日配信】【ゲスト:畠山健二 山口恵以子】百田尚樹チャンネル生放送 第268回
この童画を見てたら、etekoは、やっぱり死ぬまでに小説を書きあげたいと思った。
etekoのボロ屋敷 創作ノート その1
etekoの今の悩みは、このボロ屋敷をどうするかと言うことだった。
etekoのボロ屋敷は、日立市の桜川町に、昭和35 年に建てられた。
実際には、その前年から、建設が始まったのだろうか。
昭和34年には、建設現場に親父に連れられて、何度か訪れたのを記憶してる。
更地に、家の土台が作られていた。
セメントを流し込む、木枠が設置されていた。
周りには、何の建築物もなかった。
周りが、田んぼだった。
家の前の道路は、舗装されてなくて、砂利道だった。
家の前には、用水路の小川が流れていた。
土台を作り始めた、敷地にわたるには、板塀の橋が架かっていた。
道路の側に流れてる用水路を渡るのは、その戸板のような橋を渡るほかなかった。
その橋を渡るとところが、今の正面玄関になっている。
あの時の用水路は、地面を掘っただけのくぼ地だった。
狭い両岸には、いろいろな雑草が生えていた。
今思い返すと、セリとかいろいろ食べられる植物が生えていたと思う。
地面を掘っただけの用水路には、メダカが泳いでるのを見られた。
この家に引っ越す前の新町にも、道路の両側に用水路のような下水道が流れていた。
との水路は、いつでも水量が激しかった。
上の日立鉱山から、宮田川をせき止めた川の水が流れ込んでいた。
いつも、洪水のような水量の水が流れてた。
なんじゃろう
。