お袋の味ってないなあ。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

お袋の味って言うものがないなあと思った。

 

お袋の作った料理で、こりゃあ美味いと思ったものがないと言うの

 

に、今になって気づいた。

 

今になって思いだすと、親子丼とカレーライスが美味かったかもしれないなあ。

 

ナカちゃんが作った料理の中で、美味しくなかったのは、キャベツを炒めた上に載ってる卵焼きだったなあ。

 

あれは、上手くなかったのを記憶してる。

 

ナカちゃんの料理したもので、この一品と言うものはなかったなあ。

 

今、etekoがひとり蔵とて自炊してるオカズの方がおいしいよ。

 

 

 

そう言えば、父方の祖父母は、地元の日立市に住んでいた。

子供の頃から、祖父母が亡くるまで、その家を訪れた。

 

etekoは初孫と言う事で、祖父母には可愛がれた。

 

でも、祖父母の家で美味しい料理を食したと言う記憶はないなあ。

 

 

考えてみたら、今までに、美味しい食をする為に。どこカニ、出かけて行ったという事もなかったなあ。

 

 

還暦になるまで、美味しい職にはあんまり出会ってなかったなあ。ショボーン

 

 

でも、ナカちゃんの作る料理は不味かったわけでもないなあ。

晩酌をして酔っ払った親父が、毎日のように、ナカちゃんの料理にグダ蒔いていた。

 

祖以後には、ちゃぶ台返しで暴れ出した。

 

あれは、etkoが小学生の低学年頃だたなあ。

 

 

あれから、親父が亡くなるまで、同じ家に暮らしながら、一緒に食卓を囲んだことはなかったし、会話した事もなかった。

 

 

 

今、ひとりきりになって、お金もないのて背自炊だよ。

etekoが作る理を売りが美味すぎだよ。

 

毎日、完食だよ。

 

メタボ一直線だよ。ショボーン

 

 

 

 

炭水化物の食事は、夕食だけだよ。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

焼酎を飲んんでるかラかなあ。

 

ナカちゃんは、昭和334年に調理士免許を所得してるみたいだ・

その時の伊庭技研知事の岩上とか言う名前の入った証明書が今も残っている。

 

そんなお袋が作ってた料理で、思い出に残ってるものは何一つない。

 

結局食材がかぎられていたからだなあ。

 

親父は、母親に結婚してから、一円の金も入れなかったと言う。

 

ただ、食材は、お店で売るおこめて野菜がふんだんにあった。

 

ふんだんにあったと言うか、野菜は廃棄前の売れ残りばかりだった。

新鮮な食材は、皆無だった。