毎日、毎日、こんな事の繰り返しだなあ。
別に誰も見てくれないブログの記事だ。
etekoとしては、PCに向かって文章を書く練習だと思ってる。
まったく、他人との接点が無くなった。
何のしがらみも無くなった。
みんな消えてしまった。
孤独だ。
孤独なんだけど、PCと言うか、コンピュータとの付き合いが、社会人になった時からあった。
一人ぼっちなのに、まだ頭は狂ってないみたい。
まだ、多くの人間を道ずれに死のうと言う考えには至ってない。
その前に、ひとりで死のうと言う気は、半世紀以上も持っていた。
物心ついた頃から、自殺にあこがれていた。
物心ついた頃と言うか、幼少の時から、手塚治の漫画に触れていた。
親父は日立市の新町で、米屋をやってた。
そこで、お袋と一緒に、米屋をやっていた。
米屋の店舗は、日立鉱山の城下町だった。
日立鉱山の坑道は、神峰山の中腹あたりにある。
その鉱山から、日本鉱業と言う会社が立ち上がった。
それから、すこしたって、日立製作所と言う、世界的にグローバルになった起業が生まれた。
新町は、その日立鉱山から、太平洋に向かって流れる宮田川に沿って、1キロもない道路の両側に広がった商店街だった。
日立鉱山は、平安、鎌倉時代から、開発された銅山だった。
この辺の地形は、東北から茨城県の県北地帯までは、日本列島の背骨のような阿武隈山系が、太平洋に突っ込むような地形になっている。
山が海に突っ込んでいる。
山のすそ野が緩やかに、海に沈みこんでいる地形だ。
その為、海岸線は、10メートルから30メートルくらいの断崖になっている。
ただ、太平洋に迫ってる山脈から流れる河川は、太平洋に出る河口辺りでは、扇状地を形成して、平らな地形を形成してる。
この地形は、東北地方の青森、岩手、宮城、福島と茨城県の県北地域ので変わらない。
北の方の岩手県では、寒冷のせいもあり、この地形がせ扇状地体ではなく、リアス海岸になっている。
そして、宮城県になると、大きな扇状地の宮城平野が広がる。
細長い日本列島の背骨のような山脈から、幾筋もの短い河川が、太平洋に流れ込んでいた。
この河川には、山から砂金が流れ込んでいた。
河川には、山から砂金が流れ込んでいた。
これは、当たり前の事なのだ。
日本は、地球の境目に取り残された島だった。
数多くの地球のプレートの境目に乗ってる陸地と言うか島だった。
その為に、気候は温暖だったが、常に地震が発生していた。
その為に住み着いた人間達は、数えきれない地震と言う天災に遭遇し続けてきた。