etekoチャンネル その71 たず。
を聞き流しながらの、小説の創作ネタを書き殴る。
令和のKK 創作ノート その1
もう、ダメだと思った。
60歳で、私は、年金をもらい始めた。
45歳で、社会人になった時からの会社を自主リストラした。
その会社は、地元の日立市が発祥の地の日立製作所の子会社でもない孫会社だった。
いや、孫会社でもない、少しは関係のあると言う会社だった。
社会人から勤めてた会社は、今でいう派遣会社のようなものだった。
今だと分かるんだけど、私が東京の三流私立大学を卒業した時に、就職先は何処にもなかった。
私が大学を卒業して社会人になったのは、1980年だった。
あの時の政権は何処だったんだろう。
総理大臣は誰だったんだろう。
いろいろ調べてみよう。
東京の三流大学と言うのは、日大の法学部だった。
その法学部の経営法学という大学にかろうじて引っかかった。
私は、この三流大学に引っかかるまでに、二浪した。
最初は、高校受験で挫折した。
そして、大学受験でも挫折した。
私は、1956年の生まれだった。
小学生の頃までは、世の中の事なんか、何もわからずに生きてた。
幼稚園に入るまでの幼少期は、日立市の新町と言所に住んでいた。
両親は、この新町の目抜き通りで、米屋の店舗を経営してた。
この通りには、電気屋、すし屋、肉屋、洋品店などが道の両側に、10店舗くらい並んでいた。
この町は、日立鉱山の城下町だった。
日立鉱山は、太陽の会が線から、2キロもない、神峰山に坑道の入り口がある。
この山は、東北地方から繋がる阿武隈山系の太平洋に面した西の切れ端しにあたる。
太平洋に面する、東北地方の件は、北から青森、岩手、宮城、福島県となっている。
これらの県の太平洋側に面する地形は、阿武隈山系の山脈が太平洋に津混んでるような地形になっている。
山脈のすそ野が太平洋に津混んでいる。
その海岸線は、長い年月の海の浸食で、10 メートルから30メートルくらいの断崖になっている。
そして、日本列島の背骨のような山脈から太平洋に流れてる短い河川にラン上地帯となる地形が広がっている。
その端っこにある、茨城県の日立市は、太平洋に面してる東北地方と同じ地形になっている。
茨城県の日立市は、地形の変化がいきなりなのだ。
東京から太平洋側の海岸線を走る交通網は。鉄道だと、常磐線の一本だけだ。
この鉄道は、明治時代から大正の時代までには、太平洋に面する日本列島の海側の土地を開通してたみたいだ。
日本人の先人達は、この扇状地の平らな付け胃に住み着き、田畑を作り住み続けてきた。
ネットで常磐線の事は、いろいろ調べてみよう。
で、ネットで調べて、印刷しようとしたら、プリンターのインク切れだった。
インクを買いに行かないといけないなあ。
最後に買ったのはいつだろう。
etekoが動くと、いろいろな不具合と言うか、問題が次々に襲い掛かってくるなあ。
でも、etekoは、まだ生きてるよ。