登紀子の「土の日」ライブVol.13「9.11から20年」だす。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



登紀子の「土の日」ライブVol.13「9.11から20年」と言う動画を聞きながらの殴り書き。

そうなんだよね。

etekoも、ずーと、加藤登紀子みたいな考え方の人間だったなあ。

戦争は絶対反対。

戦争をした日本人を否定してた。

そんな日本ジ達がやってる政治も胡散臭く感じてた。

子供の頃から、etekoは天才的な頭脳を持って生まれてきたみたい。


物心ついてから、人間の理不尽をかぎ取ってたなあ。


政治家とか言うものが、全く信じられなかったなあ。
そんな時に、池田首相っていうのが総理大臣になって、所得倍増とか言いだしたよ。

海外に行って、トランジスタラジオを宣伝したよ。

海外からは、バカにされたなあ。

そしてるうちに、日本の高度経済発展がはじまった。

2倍どころか、3倍、4倍増だったなあ。

そんな頃に、etekoは生まれて、物心が育ったんだなあ。

幼稚園、小学校とにゅうがくしたら、直ぐに東京オリンピックが始まった。

それまでも、オリンピックはつづいていたんだけど、その時のetekoには、オリンピックと言うものについては、何の知識もなかった。

突然に、日本の東京に世界中のスポーツをしてる人達が集まって競技をすると言うことだった。


そうだよ。
あの時は、A君と小学校の雲霓係だったのを何故か記憶してる。
小学校の花壇の世話をしてたなあ。

小学校は木造の2階建ての校舎が2棟あった。
3棟かもしれない。
だって、一クラスに40人以上の子供がいたよ。

だから、一学年で、300人近くはいたよ。

それが、1年生から6年生までだよ。


一つの小学校に、2000人近い人が通ってたんだなあ。


そんな時代を経験したよ。えー