M子に捧げる歌、「ぬかるみ」だす。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



M子に捧げる歌、「ぬかるみ」だす。
「ぬかるみ」は、etekoが40年以上前の大学生時代に作ったオリジナル曲だよ。

大学生の時は、中学生の頃から始めたギターを弾けるサークルに入りたいと思ってたんだ。

入学した時に、間違って、音楽サークルに入ってしまった。
と言うか、音楽サークルの勧誘はここしかなかったよ。

後は体育系とかそっちばかりだった。

この音楽サークルは、フォークソング同好会と言う名称だった。
後から知ったんだけど、etekoは第7期みたい。

この同好会の最初は、7年前の先輩たちが立ち上げたみたい。

etekoの時代には、拓郎、陽水がブレークして、ユーミンが出てきたころだった。
そして、かぐや姫、アリスとかも出てきた。

それまでのテレビのはやり歌は、演歌と呼ばれる歌が主流だった。


この音楽サークルを立ち上げた先輩たちは、アメリカのフォークソングに浸ってってたんだろうなあ。

PPMとにはまってたんだろうなあ。
etekoから見ると、一世代上の世代だよ。

ちょうど、拓郎、陽水の世代だなあ。

60年代からの、アメリカのフォークソング、ウッドストック、ビートルズなどの音楽の洗礼を受けた世代だなあ。

そして。゛アメリカとソ連の冷戦の中で、身近にベトナム戦争を肌で感じてた世代だなあ。

そんな先輩たちが立ち上げた音楽サークルに間違って入ってしまった。

このサークルに入ってみると、シングアウトと言う合唱が主体のサークルだった。
サークルのメンバーは、週に2回くらい集まって、シングアウトの練習をする。

これは、サークルのメンバーが、1年製から3世まであつまり、発声練習から、コンサートで発表する楽曲の練習をする。

20人くらいが集まり、いろいろな場所で練習をした。

音楽サークルの部室のスタジオがあったけど、etekoが一年生の時は、大学がいろいろな事情で、ロックアウトしてた。

そんなもんで、練習場所は、北の丸公園とか、明治大学の記念堂だったり、下町の区民センターだったりしたなあ。

このサークルの練習に参加して、驚いたのは、サークルに所属してるのは、etekoの大学だけじゃなく、周りの短大とか、女子大の宴なの子が所属しているという事だった。

etekoの大学は、全く女子はいないよ。
1パーセントくらい存在してたみたいな感じだよ。

そんな大学の音楽サークルの練習に行くと大量の女子と言うか女子大生がいたよ。

後で、分かったんたことなんだけど、この音楽サークルは、他の女子大の同じような音楽サークルと合同コンサートとかやって来たよ。

そんな中で、そのサークルのコーチみたいなので、その女子大のサークルに入り込むよ。

そこで、男女のカップルができて、他の女子大の女の子が、男ばかりのetekoの縁覚サークルに所属すると言う構図だよ。

このカップルで、結婚まで行ったのは、何組あったんだろう。

eteko知る限りでは、一桁だなあ。


シングアウトでやる曲は、幹部と言われる3年生が決めてやることになる。

一年瀬の時に遣った曲は、ビートルズのエイデーズ・ウィークだなあ。
サムシングもやったかなあ。

やったと言っても、一年生は、バックコーラスだよ。

コンサートで、シングアウトをやる時は、ステージに20人くらいの人間がたつよ。
バックバンドもサークルのメンバーが引き受けるよ。
バックバンドといっても、ドラム、ベース、ギター、キィーボードだけなんだけどね。

そのバックバンドの演奏で、課題曲を披露するよ。
メインポカールと言うか、センターは一人だよ。
そのバックコーラスが20人くらいいると言う漢字だよ。

バックコーラスは、ハイ、ミドル、ベースと分けられて、三声で、コーラスするよ。

コーラスと言うか、すかすかのバックバンドの音をサポートするよ。

このコーラスは、歌うだけじゃなくて、振り付けも練習するよ。
歌いながら、踊るよ。

この振り付けは、若の女子大から所属してる女の子がやってた。
曲に合わせて、いろいろな振付を考えて指導するよ。

ずーと、何じゃろうと思いながらも、この音楽サークルには、大学の時代は所属してた。

子のシングアウトの活動が半分で、残りの半分は、気の合った仲間とバンドを組むみバンド活動をすることになっていた。

このバンドは、何組もあり、学祭なんかでお披露目したりする。

そして、年に一回の定期コンサートには、オーディションがあって、上手いバンドだけが出演できた。

その頃のバンドは、みんなブレイクしたミュージシャンのコピーバンドばかりだ。

ブレークする前のオフコース、アリス何かの曲をやってた。

そんな中、eteko一人だけが、自分のオリジナル曲を歌うとわがままを言って孤立してた。

そんな時に、人前で歌えたオリジナル曲はは、4曲ぐらいだったなあ。

「ぬかるみ」は、2年生の時に、跡見女子短大と合同コンサートをやった時の思い出がモチーフになってる。

あの時の合同コンサートは、3.11の震災で雄類になった九段会館でやったんだなあ。
コンサートの前の合同練習とか打ち上げて、何組かのカップルが誕生したなあ。

でも、結婚までこぎつけたのは皆無だったなあ。

そん時の思い出が。「ぬかるみ」のねちーふらなってる。


でも、この曲が、完成したのは、大学の4年生の時だった。

この音楽サークルでは、4年生になると、就職活動と言う事もあり、完全にOBあつかいになるよ。

だから。完成した「ぬかるみ」は、人前で歌う機会は一度もなかったよ。

地元の日立市に帰ってからは、会社の仕事が余りにも忙してく、ギターも弾けなくなっちゃったよ。

そんなこんなで、大学時代に作ったオリジナル曲を人前で歌うことはなかったよ。

それが、時代の流れか。長く勤めてた会社を自主リストラしてから暇が出来たよ。

大学自体に作ったオリジナル曲を形に残して置こう思い立ったよ。

最初は、自主製作のCDを作ろうと思ったよ。
そんなもんで、ギターケースに眠ってたギターを20年ぶりくらいに取り出してギターの練習を始めたよ。

そうこうしてる内に、人前で歌う機会もできたよ。
でもねぇ、etekoが人前で歌いだしたら、3.11の大震災がやって来たよ。

それからもいろいろあったなあ。

ギターを弾いて、ひとりナマオケやってる時が楽しいみたい。

そんな動画をYouTubeにアップするのも楽しいみたい。

だれも見ないのにね。


そんな動画をちょっと前に再生して聞いてたら、M子さんと重なってしまった。
KKみたいな半島のDNAの詐欺師に騙されたM子さん。

そのM子さんを本当に愛してるのは、日本で生まれた日本人なんだけどね。ショボーン