2021/10/5(火) 百田尚樹×髙橋洋一×居島一平【虎ノ門ニュース】を聞きながらの殴り書き。
と書いたらいいけど、Wi-Fi の回線がまた切れた。
このPCはWi-Fi でしか繋がらないようになってる。
昨日は半日かけて、だらだら書いてたブログ記事が投稿できずに消えてしまった。
積み上げてたものが、Wi-Fi の不具合で簡単に消えてしまった。
etekoの人生の縮図みたいのをみたなあ。
こんな事を繰り返して生きてゆくのかなあ。
そうしてると、こんなになっちゃうんだなあ。
昨日書いてた記事を思い出しながらの再挑戦だなあ。
昨日は田尻の家にいた時の最後の写真をアップして、いろいろ思い出すリハビリをしてた。
最後の写真と言いながら、写真を撮ってからは一週間以上過ぎてた。

田尻の家にいた時は、毎日、仏壇に線香をあげた。
7日間連続で線香をあげた。
この仏壇は、もともと桜川のぼろ屋敷に置いてあった。
親父が祖母が亡くなった時に購入したと思う。
思うと言うのは、仏壇が桜川のぼろ屋敷に入った時の記憶が完璧に抜けてる。
祖母が亡くなる前かもしれない。
父方の祖父母は、実家の会津を離れて、ブラジルに移住するつもりだった。
船の出る神戸まで行ったものの、最終検査でひっかかり、ブラジルには行けなかったみたい。
実家の会津には、幼い子供の親父と姉を親戚にあづけて神戸に向かったらしい。
それが叶わず、福島県の会津に近い茨城県の日立市まで、舞い戻ってきて住み着いた。
日立市は、明治の後半あたりからど鉱山が富国強兵政策に波に乗り景気が良かった。
鉱山の立地条件も海に近いし、鉄道の常磐線も通っていた。
鉱山でありながら、海までの距離が3キロもない。
そして、日立鉱山からは、鉱山関係の電気系の補修をしていた電気技師が世界的な大企業となる日立製作所を立ち上げていた。
日立製作所は、日立鉱山の坑道の入り口の下の方にある精錬所の一角に、小さな建屋を借りて始まった。
それは、江戸時代後期あたりに作られた、土蔵に近い建屋だった。
その建屋は、今の町工場と比べても、貧弱なものだった。
その町工場は、大きく発展していった。
飛躍的に発展したのは、大正時代に起きた関東大震災だった。
関東大震災で、東京は壊滅した。
そして、大手の電気メーカーも壊滅した。
ところが、東京から120キロも離れた地域に展開してた日立製作所は、関東大震災の被災をほとど被らなかった。
そこから日立製作所の大躍進が始まっていた。
戦前は、日立市はめちゃくちゃ景気が良かった。
その為、日本の内外地から多くの人間が流れついていた。
そんな大衆の中に、父方の若い祖父母がいた。
祖父母は、それから日立市に住み着いた。
そこで、子供を会津にあづけた幼い2人の子供以外に、5人の子供を授かった。
そんな事こともあり、父方のお墓は、会津にあった。
それを親父が日立市に移した。
そのお墓には、祖母の遺骨が収まった。
しばらくして、お墓を建てた親父の遺骨が入った。
それからもう、20年も経ってしまってるのか。

ナカちゃんは、この仏壇に毎日のように据膳して線香あげてたなあ。
etekoは、ほとんど線香を上げなかったなあ。
年に一度くらい、お盆の時に線香をあげるくらいだった。
その頃のetekoは無神論者だったんだなあ。
でも、その真逆だったのかもしれないなあ。

田尻の家のお食事は、桜川のぼろ屋敷の食事と何も変わらんなあ。
食器もぼろ屋敷で使ってる丼ぶりと同じだなあ。
ただ、田尻の家には、このどんぶりは一つしかないよ。



食材は、田尻のマルトで買ってきたものだ。
ただ、この時は、田尻のプランターに植えたピーマン、シシトウ、蔓ムラサキを大量収穫してた。
大量と言っても、一人で一週間で食すには大量と言う意味だけどね。
次回に行った時は、何も収穫できないかもね。

この時は、桜川のぼろ屋敷から、賞味期限切れの納豆を2パック持ち込んで食した。
ぼろ屋敷では、精米したお米も、豆腐もきれちゃってて、納豆の出番がなかったよ。
味は落ちてたなあ。
それでも食べちゃった。

除草作業は3日できた。
結局は裏庭まではできなかったなあ。
訪問者が誰も来ない家の草むしりをひとりでってるetekoはでくの坊だなあ。


食生活は田尻の家も桜川のボロ屋敷も変わらずだなあ。
それにちょこっと草むしり。
仏壇に線香をあげるのと洗濯をすることだけが変わってるのかなあ。




あー、テレビを見られるのは違うかなあ。
大谷の活躍はテレビで見られたなあ。
でも、一週間の間だけだったなあ。
大谷はエンゼルスで孤軍奮闘してたけど、チーム力が最低だよ。
それでも、頑張ってたなあ。

リビングルームのお片付けをやろうと思ってたけど、できなかったなあ。
桜川のボロ屋敷に近づいてる。
しょうがないなあ、暮らしてるのがetekoだからね。



キッチンの方は、久しぶりと言うか、初めて時間をかけてお掃除したよ。
時間をかけたと言っても、IHクッキングヒータの表面に付いた汚れをタワシでこすったりした。
そして、今まで使ってた大きなフライパンと鍋を、小さいサイズに交換した。
小さなフライパンは、ナカちゃんが最後に通販で取り寄せたフライパンの3点セットだよ。
ナカちゃんがいなくなった家に、通販で段ボールに入って届いた。
大分前に、etekoが田尻の家にいた時に、クロネコが届けに来た。
段ボールの箱を何だろうと開けてみたら、大・中・小の同じデザインのフライパンが入ってた。
段ボールの箱を開ける前に確認してみると、楚歌ちゃんが倒れた5月に通販で購入したものだった。
ナカちゃんは通販で購入したフライパンを手にすることはなかった。
etekoは届いた新品のフライパンを戸棚の中に入れっぱなしにしてた。
今回は、おニューのフライパンの一番小さなサイズを戸棚から取り出して初めて使った。
これからも、ずーと、このフライパンを使うよ。







それにしても、お片付け、断捨離、終活を急がないといけないなあ。
いつもそう思って来たのになあ。
何も前には進まないなあ。

