【海外の反応】大谷翔平選手の特大ホームランに驚愕する味方の反応が大谷は愛されてるねと海外で話題にw【カッパえんちょー】の動画を見ながら、一つの小説のモチーフが浮かんだ。
私は今、死のうとしてる。
相馬と常陸の国の合戦で、敗れた落ち武者として、今はこの洞窟にたどり着いた。
私は相馬の地頭の
息子として武家の家に生まれた。
親父殿は、相馬の地に、荘園をもらい受けた武士だった。
その祖父の家は、もともとは、京都にいて、天皇を護衛する検非違使からの流れの家だった。
時が流れて、平氏が政権を奪い取っていた。
天皇は、担ぐには軽いみこしになっていた。
そして、平家が日本の政権を握る時代が訪れていた。
平家の武士団の流れにいた祖父は、その中で権力を得ていた。
そして、福島県のいわき地方の地頭として派遣されて
、その地を収めていた。
しかし、時の流れは、早すぎた。
平清盛が、日本の政権を握ってたのは、ほんの一瞬だった。
同じ武士団として台頭してきた源氏を保元の乱で叩き潰した。
しかし、その源氏の後杖の
子供達は幽閉と言う形で、生かしておいた。
それが、源の頼朝
、義経だった。
平清盛の人間的な温情のひとかけらが
、結局は、平家を
滅ぼしてしまった。
京都の平家は、東の国で立ち上がった、源氏の流れの
武士団に滅ぼされてしまった。
最初に立ち上がったのは、山侍の源の何某だった。
京都に攻め入り、平家の
武士団を駆逐したが、その後の
行動が田舎侍だった。
世論と言うか、周りからの糾弾にあって失墜する。
その後にへ兵を上げたのかのが、源
義経だった。
彼の勇猛な戦いは、天皇にも受け入れられた。
天皇から褒められた。
しかし、このことが、鎌倉にいた兄の頼朝の
疑念をを抱かせるようになる。
これは、頼朝が疑念を抱いたわけではない。
周りの取り巻き達が、頼朝に、義経のフェイク・ニュースを吹き込んで
、義経を殺させるように仕向けただけだった。
今ならあの時の事が何もかもわかる。
取り巻きたちの為に良くないものは、先に手を打って
取り除こうと言うだけの
話だった。
要は、自分たちの利益の為。
自分たちの
出世の
為・
自己中の為。
そんな人間モドキの為に、周りの何百、何千、何万の人々が、
不幸な人生を送って死んで来たんだろう。
そんな事を、この詩の間際に
思った。
自分も、不幸な
人生の最後をむ迎えてる。