2021/6/16(水) 大高未貴×櫻井よしこ×居島一平【虎ノ門ニュース】を聞きながらの殴り書き。
日本政府は中凶のジェノサイドを未だに批判しないよ。そりゃあそうだよね。今の日本の祭事は、日本人にナリスマシた悪代官、悪商人達が、日本で生まれた日本人を搾取してジェノサイドを加速実施中だからね。
今の日本では、カワラバン屋の反社組織がお天道様の下を大手を振って闊歩してきた。その中でも極悪の🐶HKは、アメさんから預かった十手をちらつかせて70年以上も日本の庶民を情報操作してきたよ。🐶HKは、日本人に自虐史観を植え付け、お花畑のアホを作る為の情報操作機関だよ。その上に放送料と言う「みかじめ料」を日本国民からとり続けてきた。
しかし、ネットの普及で、個人で世界中にあふれる情報を反社組織の「かわらばん屋」よりも早く知ることが出来るようになったよ。一部の賢い人達は、情報を精査していろいろな真実を知ることが出来るようになったよ。その時に、今まで伝えられた人間の歴史には星の数ほどのフェイクが伝えられてきたのかを発見すると驚愕するよ。
昭和の時代にテレビの水戸黄門を見てたよ。悪代官に悪商人が出てくる。こんな悪い奴らはテレビの中だけだと思ってた。
平成になった頃から、テレビは見られなくなっていた。インターネットの情報で、日本は大東亜戦争層の敗戦後、アメさんの属国だったという事を認識するようになった。
アメさんに逆らえば、角栄のように遣られる。経済で上手くいけば、アメさんに潰される。
アメさんは日本と戦って、日本の恐ろしさを身に染みて知ったよ。
兎に角、アメさんは、戦後の日本が二度と白人に逆らわないように、あらゆる手段を使って日本の占領政策を実施てきたよ。
令和の時代になったら、水戸黄門のテレビで見た悪代官、悪商人、ヤクザ者が蔓延してるがはっきりしてきた。日本は大東亜戦争の敗戦後、アメさんの分断政策によって、特亜三国に遣られてきたよ。特亜三国の捏造歴史詐欺で、日本の一般庶民は辱められ、日本人の血税までむしり取られる始末だよ。
日本の為に戦い、散っていった多くの先達たちを、強姦魔や殺人鬼に仕立て上げて世界中にプロパガンダしてきたよ。その結果が、大東亜戦争で散っていった多くの英霊が祭られてる靖国神社に日本の首相が参拝できないよ。天皇もね。
おかしいよね。根本からおかしいよ。
中凶は消滅しろと祈る毎日。
中凶が消滅する姿をみてみたいなあ。
田尻の家に植えた野菜の苗がきになるなあ。
ウコちゃんのエサを買いに行かないといけないなあ。
ブーさんに頼もう。
ヒーちゃんはいそがしいみたい。
伐採作業をしないといけないなあ。
今日は実施しよう。
夏ミカンの木の高い所を、東電で伐採してくれた。
ひと月くらい前に、係員が来て、夏ミカンの木の高い所の枝が電柱の電線に架かるようになってるので伐採させてくれと言ってきた。
気を切ってもいいと言う承諾書にサインした。
そして、3日前くらいに来てくれた。
高い所の枝をばっさいしてくれた。
ついでに取り残された夏ミカンの実を10個くらい切り落として、きの根元辺りに落としてくれた。
まだ夏ミカンが食せる。
凄い得した気分だよ。
田尻の家に行くと、家の周りをスマホで撮る。
除草作業した後の、afterとbeforeを残しておきたいからね。
でも、手が回らなくて、自分の妄想したafterにならないのが常だなあ。

洗濯物を干しに二階にあがった。
会談の踊り場には洗面台が置いてある。
その横に家の裏側が見える窓が付いてる。
ここの窓にのカーテンは閉めっぱなしになっていた。
ここのカーテンいつも閉めっぱなしだ。
このカーテンを開いて、そこから見える家の裏の風景を撮ってみた。
カーテンを開くと、サッシの窓がある。
片側だけの虫よけの網戸が付いてる。
片側の窓を目いっぱいに開放して外の空気を目いっぱいいれてやる。
当たり前だが、ここのカーテンを開くと外の光が入ってきて、二階の廊下が明るくなる。
田尻の家を出るまで、ここのカーテンは開け話にした。
2階の廊下も明るくなった。
階段のしたのリビングルームにもこの窓からの光が少し入るようになった。
次の日からは、昼間は、リビングルームのシャンデリア風の電灯は点けずに過ごせた。

裏庭の柿のも育ってるなあ。
ナカちゃんと滑川の山新に一緒に行って柿の苗木を買ったことを思い出した。
柿の実が生りだした最初の頃に、ナカちゃんもここで撮れた柿を4,5個食したなあ。
フキは高萩の叔父さんから根っ子を持ってきてもらって植えた。
ここのフキやフキノトウを食すようになったのは、ナカちゃんがいなくなってからだなあ。
5年前くらい前からだなあ。
フキやフキノトウは、桜川のボロ屋敷に持ち帰って食してたなあ。


ここからの写真は、洗濯物を干すベランダからの写真だなあ。
海側の小さなお庭みたいなスペースには、レモンの木が1本、ミカンの木が2本植えられてる。
レモンの木の苗を植えたのが一番最後だったなあ。
レモンの木に実が初めてなり出した年の5月にナカちゃんは倒れた。
4月に米寿のお祝いをした。
お祝いと言っても、ナカちゃん、eteko、ブーさんの3人で、リビングで会食しただけどね。
会食の時には、田尻のマルトに前もって生寿司とオードブルをよやくしてたよ。
その役目はetekoだったなあ。
そして、5月にナカちゃんが倒れて緊急搬送で日立総合病院に運ばれ入院した。
それから3年3ヶ月は病院のベットで寝たっきりで、田尻の家には帰ってこなかった。
帰って来たのは骨壺の骨になってからだった。
ナカちゃんが倒れた年にレモンの木に花が咲き出したのを確認できた。
etekoは、レモンが生るの見たことなかったよ。
どういう風に生るのかも想像できなかった。
最初は紫ぽい小さな花が沢山、咲いた。
そして、咲いた花は、満開を待たずに、日が経つと散っていった。
咲いてる間の寿命があって、先に咲いた花から散ってるように見えた。
1ヶ月くらい経つと、咲いた花は、みんな散っていた。
花の咲いてた所に、葉っぱと同じ緑色の小さなレモンの形をした実が付き始める。
実はおおきくなるが、寒くなるまで色はみどりのままだった。
冬場になると黄色く色づき始める。
レモンの実を、田尻の家で収穫した。
そのレモンをナカちゃんは口にすることはなかった。
入院した時には、食事は鼻から管を入れた流動食の液体だけになってた。
ナカちゃんは庭の木は、育つと実が採れるのがいいと言ってた。
そんなもんで、田尻の庭には、キンカン、ミカン、レモン、柿の苗を買って来て植えた。
植えた木の中で、レモンだけは食せなかった。





田尻の家を建てた時は、山側にだけは、一戸建ての家が建ってた。
海側の一画は更地だった。
前にも書いてるけど、田尻の家の地鎮祭を行ったのは、3.11の震災の日の午前中だったよ。
桜川のボロ屋敷にナカちゃんと還ってきて家でまったりしてると、地面が揺れ出した。
そんな日に地鎮祭をやったからね。
あの時の記憶は詳細に思い出せるなあ。
田尻の家を建てだした時に、海側は更地だった。
田尻の家が建ってから2,3年もしないで、周りの更地は埋め尽くされた。
住宅メーカがみんな違うのか、同じような造りの家はないなあ。
田尻の家にナカちゃんが移り住んだ頃は何度も日帰りでこの家を訪れていた。
その時には、周りの家の新築の工事現場から騒音が聞こえてきたなあ。
家が建ってから10年経ったのに、お隣さんにどんな人が住んでるのかまったく分からないよ。
付き合いも皆無だしね。
下の写真は除草作業を始めた時に撮った写真だなあ。
ナカちゃんの部屋の前のにわのプランターには、買ってきたピーマンとトウガラシの苗を植えた。
自生した夏ミカンの木をプランターから植え替えてやろうと計画してたけど、それはできなかった。







庭のキンカンとミカンの木の葉っぱには小さな白い羽虫が付いてる。
この害虫が柑橘類の葉っぱを黒くするのかなあ。
うどん粉病。
よう分かんない。
買い置きしてあった殺虫剤?を振りまいてみた。
吹き付けるたびに葉っぱから白い粉が飛び散る三位。
白い粉は、小さな白い害虫なんだけどね。
写真には写り込んでないなあ。
あんまり聞いてないみたい。
PCでしらべて、害虫に効く殺虫剤を探してみよう。
害虫の正体が分からないよ。



買ってきた野菜の苗は、2日かけて、プランターに植えた。
草むしりもやった。
つるむらさき?なる野菜の苗も買ったんだけど、これは今までに食したことないなあ。
ホウレンソウのようなものとして、お試しで購入してみた。
購入してから3日目に残った野菜の苗は、水が不足してるのか元気がなかった。
空模様は曇りなのに雨が降ってこなかったなあ。
野菜の苗を植えたはいいが、水やりが心配だなあ。
今度、田尻の家に来るのは、2週間以上は空いちゃうよ。
その間にアメは降るのかなあ。


