2021/6/8(火) 百田尚樹×江崎道朗×居島一平【虎ノ門ニュース】を聞きながらのんぐり書き。
田尻の家にいると受信料を解約したテレビが見られる。
田尻の家に来た時だけ、電波で入るテレビが見られる。
ケーブルテレビなんで、家の屋根にはアンテナは建ってない。
2011年の震災の年に家を建てた。
その10年位前からナカちゃんは家を建てる土地を探してた。
新聞の土地、住宅業業者の広告を集めたりしてた。
それが自分の仕事のようになっていた。
それは、親父が亡くなった頃から始まった。
親父が建てた桜川のボロ屋敷は木造の大きな二階建ての家だった。
築50年に近づいていた。
老朽化が始まっていた。
いろいろ修復するも金がかかり過ぎた。
昭和35年に移り住んだ桜川のボロ屋敷には、建築現場に親父に連れられて何度も訪れた。
etekoが幼稚園に入る前だった。
移り住んだ年に石内にあるキリスト幼稚園に入学した。
園長先生は、アメリカ人のおじさんだった。
今、思うとあの頃は、戦後10年くらいしかたってなかった。
ギブ・三ー、チョコレートの世代ではなかったetekoだけど、そこら中にGHQの影を感じられた。
『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみた。
石内のキリスト幼稚園は、大みかにあるキリストの学校の系列だった。
第二次世界大戦後の1949年、茨城県日立市のクリスチャンとチャーチ・オブ・クライスト(キリストの教会)[1]のアメリカ人キリスト教宣教師たちにより設立された大学である。
多賀キリストの教会の付属教育機関として設置されていた夜学校や幼稚園を前身に、シオンカレッジを開校。その後、茨城キリスト教学園と名称を変更、1967年大学文学部を設置し、単科大学としてスタートした。かつてあった文学部キリスト教学科は、「キリストの教会 (無楽器派)」の牧師を養成する神学校だった。
1995年に大学院文学研究科、2000年に生活科学部を、2004年に看護学部を、2011年には経営学部、大学院生活科学研究科及び看護学研究科を開設。現在は4学部7学科と3研究科を持つ大学となっている。
日本で初めて片仮名で大学名にキリスト教を付けた大学である。
なるほどね。
石内のキリスト幼稚園は、etekotが生まれる前からあったんだね。
etekoが宗教に初めて接したのは、幼稚園に入った頃だったなあ。
それも、神教、仏教、キリスト教を一度に経験してしまった。
家の建前は、神教だったのかなあ。
幼馴染の爺さんが亡くなった時には、自宅から棺桶を運んで土葬するまでの様子を目撃してた。
棺桶は近くの墓地と言うか村の共同墓地みたいなところに、深い穴が掘ってあって埋められるまで見ていた。
その節目、節目で坊さんがお経を唱えていたのを記憶してる。
親戚の結婚式は、神前だったなあ。
でも、神教や仏教に触れたのは、一日限りだったなあ。
石内のキリスト幼稚園に通ったのは、一年間だったよ。
その間にキリストを知ったんだなあ。
神教や仏教よりもキリストで洗脳されたんだなあ。
クリスマスと言う日を知ったのもこの時だなあ。
大人たちがクリスマスの頃に、騒いで目のも理解できた。
卒園の記念品には、旧約聖書が贈られた。
もらった当時は、読めもしないので、ずーとほったらかしになっていた。
キリストさんのことが書いてあるみたいだと言うことは理解してたみたい。
小学校の高学年になってから、ちらっと開いて、書いてある細かい文字を読んでみたけど、意味が分からなかった。
あの頃は、本を読むのが好きだったなあ。
小学校の図書館で、コナンドイルのホームズを借りて読んでたなあ。
おいてあるのは、みんな読破したけど、内容はひとつも覚えてないなあ。
卒園記念にもらった旧約聖書は、今でもetekoのボロ屋敷のゴミ部屋にある。
目の届くところに、背表紙がボロほろになって、崩れかけてる。
それほどに精読したわけでもないけど、考えてみたら、この旧約聖書がetekoの持ってる本の中で一番にページを捲った本かもしれないよ。
60年以上前にもらった本を、一度も精読したことないけど、たまに捲って読んでみる。
意味わからんで、直ぐに閉じてしまう。
そんなことを何百回も繰り返していた。
一番に背表紙が崩れてるのも納得だよ。