左手の腱鞘炎が治まらない。
ギターが弾けなくなってしまった。
やっぱりこの時期になると、体調のいへんがくるのかなあ。
しょうがないので今は効くだけの人になってる。
ユーミンと陽水を聞いてる。
聞いてると言うか流してる。
腱鞘炎なのか?
痛風モドキだなあ。
左手の手首の下あたりの筋に違和感。
酒が切れて買いに行くのが面倒なんで、成り行きで断酒。
そしたら、腱鞘炎の違和感。
2,3日したら、炎症してる部分が広がってるのが分かる。
手の位置と言う、まげる方向とかで痛みが走るようになってくる。
糖分の食事をして寝ると、炎症部分が広がってる。
広がっていると言うか、炎症してる部位から周りの組織に毒が広がってるみたい。
そして、熱を持ってる。
腫れてる。
薬が切れた。
石川クリニックに行って薬だけは出して貰った。
少しは良くなってるんだろうか。
運動不足なんだろうか。
老化の政なのだろうか。
3.11が迫っていただろうか。?
3.11はすぎたけどねぇ。
回復するのかなあ。
断酒すればいいのかなあ。
絶食すればいいのかなあ。
食だけか楽しいんだけどなあ。
後は何もなくなってきてるなあ。
CAD屋 (創作ノート その2)
etekoは茨城県の日立市に住んでるよ。3.11の被災者だよ。ボロ屋敷は倒壊しなかったけど、サムネに使ってるオーベーションが被災しちゃった。表面板が縦に割れちゃった。部屋の中に置いてたんだけど、部屋の中は3.11の震災でいろいろなものが飛び交ってたみたい。キダーは倒れて、その上にビデオラックのケースが落ちてた。人的被害はなかったけど、この事で、2か月近くは落ち込んでいた。
etekoは社会人になって日立製作所の系列の会社に潜り込んだよ。そこは遠方監視装置と言う装置を設計する部署だった。この装置は、公共のインフラ関係に納入する製品で、電力会社、ダム、高速道路、JR、利水などに納入してた。公共機関に納入するので、そのシーケンス(図面、仕様書、配線図などの文書)は、膨大な量だった。顧客と言うか納入者別に一式のシーケンスを作成しないと行けなかった。etekoはこの部署で、CADの専任になった。図面を大型CADのグラダスと呼ばれる図面で書いてよと言う事だった。しかし、私が入社した時は、パソコンは8ビット、富士通のワープロが一台400万円くらいで出始めた頃だった。
図面や文書は、みんなアナログの手書き時代だった。文書をデジタル化しようと始まった時期だった。その先頭に立てったのが、大みか工場の原子力関係の設計部門だった。この部門は原生設と呼ばれてた。
当時の日立のCADシステム(グラダス)は、操作卓の上に2台の白黒モニターが二つ置かれていた。その前に、スタイラスペンで入力するタブレット、キーボードが置かれてた。
これを操作して図面を書き上げていく。一台のグラダスが3000万以上したと記憶してる。
この入力端末はマシーン室に呼ばれる大型コンピュータ(ハイTAC)に繋がっている。一般の人は、デレピのSFドラマで見たことがあるとおもう。大きな箱が並んでて、上の方には大きな磁気テープがクルクル回ってる。そんなコンピュータに繋がっていた。大型コンピュータの横には、図面を出力する静電ブローッターが置かれていた。この装置は、A1からA4と大から小までのサイズを出力できた。この静電プロッターは5000万以上すると聞いていた。
工場内のマシン室、CAD室には億単位のお金がつぎ込まれていた。
ここで書くようなコメントじゃないね。
etkoのブログでちょこちょこと書いていこうと思ってることをかいちゃった。https://ameblo.jp/eteko7335
そんな経験をしてきたetekoは、今の日本の先行きに杞憂してるよ。