ラジオ屋 (創作ノート その26 ) | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

7月は鬱々のどん底状態になりながら、こんなもんを食してた。

 

  • どう見ても、痩せないよ。えーんえーん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラジオ屋 (創作ノート その25)

 

やみ商売は、2年くらいで終わった。

終戦後の焦土の日本には、草木の一遍も生えないように思えた。

 

なにしろ、アメリカにのトルーマンには、白人に手向かう「黄色い猿」を消滅せよとの思いで、終戦間際の、1945年(昭和20年)に長崎と広島に原爆を落とした。

これは。ソ連のれいーにんに対する自分達の優位性を示すだけの事だった。

 

アメリカは、すでに新型の爆弾製造に成功した。

 

この爆弾を、日本に二発落として、その優位性をソ連に示した。

 

アメリカが先に開発した新型爆弾を日本の長崎、広島に投下したぞ。

 

2発だけの爆弾で、恐ろしい東洋の黄色い猿は20万くらい殺した。

 

レーニンさんよ、アメリカの技術力に叶うのってね。

 

あの時アメリカは、自分達の覇権を全世界に向かって叫んだよ。

 

大東亜戦争の後は、アメリカが世界の覇権を握るのだとね。

 

もう、その時には、宗主国の大英大国の影はかすんでいた。