Paul Mccartney Segunda noche en Bs As Estadio だす | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



こんな動画を見ながら、ブログみたいなようなものを書いてみよう。

最近のetekoは鬱々期間だなあ。

PCのキィーを叩きたくないモードだったよ。

でもねぇ、金曜日だったかなあ、アベノマスクが届いたよ。

限りなく存在を薄められてたetekoに、アベのマスクが届いちゃったよ。

wtekoは取りあえずは、日本に住んでる日本人だって認められた気がしたよ。

それで、少しはうつうつモードから戻ってきたよ。

そして今日は、給付金が振り込まれてた。

一様は、etekoは日本人みたい。

またまた、鬱鬱モードから少し回復だよ。


でもねぇ、10万入っても、6月の26日頃には、プリちゃんの保険で、8万ちょっとが消えちゃうよ。

etekoの生活は、シンコロナ(武漢肺炎)以前から変わらないなあ。

周りが変わってるだけだよ。

スーパーに行くと、今でもみんなマスクしてるよ。

マスクなんか、シンコロナ(武漢肺炎)のなんの対策にもならないの知ってるのにさあ。

皆がマスクしてるから、自分もマスクするんだなあ。びっくり




父方のお墓詣りに行ったのは一週間くらい前だったかなあ。

このお墓は、東平霊園って言うんだなあ。

ずーと、墓参り行く時は一人ぼっちだなあ。

ナカちゃがいた頃は、東平霊園の駐車場までは一緒に来てたなあ。

足の悪いナカちゃんは、車の中で、etekoがひとり墓参りするのを待ってたなあ。

お墓の場所は、山の斜面の上の方にあるよ。

当然、駐車場からは、急な上り坂だよ。

足の悪いナカちゃんには登れないよ。

親父の納骨の時は、車いすに乗ったナカちゃんを、高萩のオジサンと二人でお墓まで連れて行ったよ。

二人で車椅子を押して行ったけど、辛かったなあ。

ああっ、最初の写真は、3.11の震災後に再建された日立市役所の正面だよ。
ここは、6号国道との十字路になってる。

ここから、山側に上ってた所に東平霊園があるよ。

最近になって気づいたんだけど、東平霊園は、日立市役所の山の方にあるよ。




日立市役所の敷地の横の車道を山側に上っていくよ。

この先の丁字路の前に、スーパーのマルトの日立店があるよ。

今は、ここで、500円くらいの成果を2束買っていくよ。

そして、東平霊園に向かう。

日立市役所の敷地の横道を山の斜面を登っていくと言う感じだよ。

そして、上の方にある東平霊園の駐車場に到着だよ。

ここには、東平霊園の略図の看板があるよ。

看板の前にプリちゃんを止めた。

他には、誰もいなかった

他のエリアでは、ひとりだけ墓参りの人がいた。







駐車場から坂道を上る。
きついよ、この坂道。
おまけに、生花、線香もって、水桶をもってね。



墓誌を確認した。
去年、納骨した叔父さんの銘は刻まれてない。
親戚で、遺産の分割に同意しない奴がいて、宙ぶらりんになってる。
納骨したのにいまだに墓誌に銘が刻まれてない。

叔父さんは、死ぬまで独り者だったよ。

死んだときは、納骨は、爺さん婆さんの墓に納骨してくれと言ってたみたい。

そんなもんで、etekoの管理してるこのお墓に納骨されたよ。

叔父さんは、自分の両親のお墓に納骨されたんだけどね。

墓誌にはもう一年位経つに、銘が刻まれてないよ。

etekoが、刻むべきかなあ。ショボーン





お墓に着いたら、花が飾ってあった。
2,3日前なのかなあ。
枯れてるのも一部あったけど、そこにマルトで買った生花を付け加えて線香を上げた。
シンコロナ(武漢肺炎)の緊急事態が解除になってきたから来たんだなあ。

久慈浜か青葉台だなあ。

親父の妹たちだよね

もう、みんな80代かなあ。

みんな年取ってるからね。

その子供たちが墓参りに来たのかなあ。ショボーン





東平霊園のおひとり様墓参りを終えてから別宅の田尻のお家に向かったよ。
田尻の家も除草作業や断捨離しないといけないんだけどなんも進まないなあ。

田尻の別宅に来るのも、今は週一になっちゃってるよ。

やばいなあ。えーん







植えた野菜の苗は、ここんとこの天気で散水しなくても大丈夫みたい。
でも、ナスが一本、枯れちゃったよ。

他のトマト、キュウリの生育もあんまりよろしくないよ。
ショボーン

てぇ言うか、この日当たりの悪さじゃ仕方がないんだけどね。

それにしても、雑草は元気いいよね。びっくり