2020/1/23(木) 有本香×竹田恒泰×居島一平【虎ノ門ニュース】だす。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



2020/1/23(木) 有本香×竹田恒泰×居島一平【虎ノ門ニュース】の音声を聞きながらスマホの写真を張り付けてブログみたいなものを書いてみる。

etekoが引きこもってる部屋の前のキウイを収穫してみた。
今までに、少しづ収穫した。
150個ぐらいは収穫したよ。
その内の50個くらいは食した。
残りは高萩の叔母さんの所に墓参りに行った時におすそ分けした。

その頃に収穫したキウイは固かったよ。
去年の年末の頃だなあ。
少し置いとかないと硬くてダメだった。
一回、茹でたらいいのかと思ってや出てみた。

柔らかくはなったけど、緑のキウイの果実が表面の皮と同じように茶色ぽく生っちゃった。
キウイの変わり果てた姿に唖然としたけど食べちゃった。

色は変わってもキウイはキウイだなあ。

年が変わってからも収穫はしなかった。
まだ固そうだし、収穫しても直ぐに食せないよ。

それに、年末に収穫したキウイの在庫が10個くらい、年を越してたからね。

在庫がつきたんで、2,3日前に200個くらいを収穫してみた。




etekoの部屋の前には、細長い庭が車道に面して細長くトイレの所まで続いてる。
そこに、この時期になるとキウイが生ってる。
葉っぱはみんな散っちゃって、茶色の枝とキウイの実が冬の冷たい空気に骨身をさらしてる。

葉っぱが落ちるまでには、やたら元気よく葉っぱを付けて、枝も実も隠してた。
その為に、暑い中、etekoキウイとのバトルを何度も繰り返したよ。
剪定作業と言うよりは、伐採作業だったなあ。

そんな理不尽な作業の御褒美だなあ。

と言っても、etekoがキウイを食し始めたのはいつの頃からだろう。
夏ミカンも同じなんだけど、最近になってからだよね。

キウイも夏ミカンも亡くなった親父が植えたものだよ。
いつ植えたのか記憶にないなあ。
半世紀くらいは経ってるかもしれないなあ。

親父が生前の時に、食した思いではないなあ。
今はないビワの木の実を何度か取って食したのは記憶にある。

ビワの木は結構大きくなったけど、ナカちゃんが縁起が悪いとか言い出して切っちゃったんだなあ。

いろいろ思い出しなあ。

玄関の両脇には、etekoのボロ屋敷が経った頃に、ショロの木が植えられてた。
それが、昭和の終わりごろには、2階の高さを超すぐらいに高くなっていた。
その内の1本が、大風の次の朝、道路を塞いで倒れてた。

その時の回収作業は誰がやったんだろう。
あれをきっかけに、造園業者に依頼して、残りのショロの木を伐採してもらったんだなあ。
ついでに、大きくなり過ぎた夏ミカンの木も1.5メートルくらいの幹を残して伐採してもらった。
もう20以上は経ってるなあ。

ああー、若い頃は日記なんか書く習慣なかったなあ。
いつの出来事だったかを思い出しても分からなくなってる。
これが老いると言う事なのかなあ。








キウイの木は、隣の洗濯屋の敷地まで飛び出す敵おいで伸びるよ。
そいつを何度も伐採してやったよ。
自動販売機の裏までキウイだよ。

今はこんな状態だけど、春先には、葉っぱの芽を吹きだして歯を広げ花を咲かせるんだろうなあ。
今年もそうなるのかなあ。
令和元年に育ったキウイは小ぶりのがおおいなあ。
思い起こせば、曇った日が続いて、日照時間が少なかったと思う。

別に売り物じゃないよ。
一人で食すには大量過ぎるキウイが採れるなあ。







200個のキウイだす。
キウイを食すのは、皮をむくのが大変だよ。
自炊してると食材を仕込みする手間もばかにならないなあと気づかされるよ。
それと家庭菜園もだね。
自分で作物を作るようなことやってると農業って大変やと思うよ。






ああー、夏ミカンの方は、まだ50個くらいしか収穫してないなあ。
低い所になってる奴から、高枝切りバサミで切り落としてる。
この高枝切りバサミも調子が悪い。
釣り竿みたいに坊をを伸ばせるんだけど、坊の中で何かが引っかかって伸びないよ。
一度、分解手術を行って、ネジを回してばらしてみた。

中の部品?が動いちゃってるみたいで、うまく伸びなかったみたい。
原因は今一、つかめなかった。

ただ、分解手術の後は何とか使えるみたい。






ああああー、家の周りは、伐採した枯れ枝だらけだなあ。
お掃除しないといけないなあ。






伐採した枝は、なかなか土に還らないなあ。





キウイの収穫後、はす向かいの建屋を写してみた。
はす向かいは、北のオーナーのパチンコ屋だよ。
正面は南がオーナーの会社の建屋だよ。

先に、北のパチンコ屋があって、後から南のオーナの会社が建った。
パチンコ屋の方は、昭和の時代からあったよ。
ただ、その時は平屋の建屋だったよ。

それが、etekoの献金で儲かったのか、平成の時代に、駐車場付の豪華なパチンコ屋を建てた。
平成の時代といっても、15年くらい前だったろうか。

このパチンコ屋にはえらい目にあわされてる。
etekoのボロ屋敷に太陽光パネルを取り付けた頃に、このパチンコ屋の改築が始まったよ。

太陽光パネルは、物置になってる店舗の所に縦に住ん版のように張り付けたよ。
発電量を無視で、etekoが起業した会社の宣伝になればいいと思ったよ。
その頃は、まだあった三洋の太陽光パネルを12枚張り付けた。

発電量は無視ではったものの発電量が気になるよ。
太陽が昇れば、発電してるみたいだけど、あまりにも低すぎる。

写真を撮った位置に出で午後に観察してみた。
なんとびっくり。
パチンコ屋の広告塔がピンポイントでカケ気になってる。
午後になると太陽光が届かないよ。
北にやられたよ。

あれだけ献金したのに、恩をあだで返すんだね。



南のオーナーの会社の写真を撮ったのは、ネットの回線が、1日に3回切れるんだ。前からも、切れてたし、ピグのゲームに入り込められなくなったりしてた。
それに、前はホットメールのアカウントに入り込めなくなったりといろいろあったなあ。

考えてみたら、この南のオーナーの会社の建屋が出来てからじゃないかなあ。
この建屋の2階の屋根には、でかいアンテナ頭が建てられてる。
ここらじゃあ見られない高さの柱だよ。
根元には、テレビのアンテナとか置いてあるんだけど、上の方は海外の電波を受信してるのかなあ。

そんな奇妙な建屋が、etekoのボロ屋敷の正面に建ってる。
建てられたのは、パチン屋が改築されてから直ぐだったなあ。

この周辺で、平成になってから建てられた建築物は、この2軒ぐらいだなあ。
後、隣の洗濯屋もあった。

周りは、みんな昭和の遺物だなあ。







etekoのボロ屋敷の周りは、怪しいたなあ。

市営アパートの入居者は、子供のいない高齢者ばかりだなあ。
その入居者もいつの間にか消えてる。

日本人は消えていくなあ。

etekoが生きてる間に、日本はシナナチの属国になりそうだなあ。