新年、明けましておめでとうございます。
お正月の2日目は、この動画をYouTube で、ちらっと見たりして聞いてます。
この動画は、前にも何度か見たことあるよ。
今日はとてもいい気分で気いるよ。
令和元年の暮れは、ブラウン管のテレビで、ビデオ―テープやDVDを見てたよ。
久しぶりだなあ。
チャップリンの映画をみたなあ。
薬師丸宏子?の映画もみたりしたなあ。
その内に、DVDの装置の方が、おかしくなった。
ディスクが読み取れませんと言うエラーメッセジがでて再生できなくなった。
ビデオ・テープの方は再生できてたけど、テレビの電源か゛入らなくなった。
電源を入れるとすぐ切れる、完全に見られなくなった。
修理に出せば治るのかなあ。
年を越せなかったなあ。





令和元年の12月は、2か所のお墓に、ひとりで墓参りした。
12月16日が親父の月命日だったんで、行ってきた。
あの時は、もっと寒かったことを思い出した。
父親の訃報は、山の方にある職業訓練所の体育館だったような倉庫にいた時に連絡を受けた。
アーク溶接の講習を受けてる時に連絡を受けた。
冷たく暗い倉庫の中で、アーク溶接で、鉄片を溶接してた時だったなあ。




このお墓は、山の斜面に造成されてる。
東平霊園だったか。
未だに、名前が出てこなてなあ。
お墓は、この山の斜面の一番上の方にある。
お墓の正面から、反対側を見ると、直線方向の真下に日立市役所の新庁舎が見える。
3.11の震災以来、旧庁舎を取り壊して、新庁舎を建設していた。
その新庁舎がはっきり見渡せるようになった。
その奥には、太平洋の水平線が見渡せる。
そう言えば、ナカちゃんが生前の時には、介護保険とか税金の事の事で、市役所に通ってたけど、その時の庁舎は、二階建ての仮のプレハブの建屋だったなあ。





日立市の親父の墓参りをした後に、高萩の菖蒲園墓地に向かった。
こっちは、ナカちゃんのお墓だ。
こっちは、12月に2回の墓参りをした。
1度目は、墓誌にナカちゃんの名前を刻んだと言う連絡を受けて確認しに行った。
確認した後日に、料金、3万3000円を払い込んだ。
料金は、3万円で消費税が10パーセントと言う事らしい。




前回に来た時の生花が半分くらいは枯れずに残ってた。
枯れた花と持ってきた花を入れ替えてやった。
帰りに、高萩の叔父さんの所にお歳暮を届けた。
暗くなってた。
家の庭に車を置いた。
車を降りた位置からは、カーテンを下ろしてない居間の奥の台所で夕食の支度をしてる叔母さんの姿が見通せた。
玄関で、こんばんわと言っても、叔母さんは、台所から出てくる気配がない。
玄関の扉を開けて、家の中に入る。
更に大きな声で。「こんばんわ。」と繰り返すけど、叔母さんは動く気配がない。
仕方ないので、居間に上がり込んで、こんばんわと言うと、叔母さんか゛やっと気づいてくれた。
etekoに気づいた叔母さんは、「耳が遠くなっちゃって分かんなたよ。」、とすまなそうに言った。
考えてみたら、叔父さんは、ナカちゃんの弟で5歳離れてるって言ってたから、今年は86歳だよ。
叔母さんだって、80代だよ。
etekoにとっては、叔父さん、叔母さんだけど、もうとっくに爺さん、婆さんだよ。
しばらくした、離れの隠居所から叔父さんが出てきた。
外は完全に暗くなってた。
お邪魔せずに、直ぐ帰ることにした。
お歳暮のお返しに、玄米30キロを戴いた。
新米が出来た頃に。30キロ貰ってた。
これで、桜川のボロ屋敷には、60キロの玄米があることになる。
現時点で、家には、去年の古米が、10キロ以上残ってるよ。
一人じゃあ、30キロのコメは一年では消費できないことが分かったよ。
それに車検を受けた時に貰ったお米5キロも全く手つかずだよ。
おすそ分けしようと思ってる。

高萩からの帰りは、田尻の家に寄った。
玄関の花瓶には、桜川のボロ屋敷の玄関の横に咲いていた花を添えた。
そして、仏壇にも、
なんかetekoの令和元年は、お悔み事の行事で年が暮れてしまったなあ。


