【武田邦彦 歴史】真実の世界の歴史!池上彰さんも教えてくれない 基本の歴史※完全保存版 を聞きながら、ブログの記事のようなものを書いてみよう。
しかしなあ、ブログの記事を書かないと、アクセス数が、二桁になっちゃうなあ。
書いていても、やっと3桁だよ。
見てくれる人は、毎日、100人前後だなあ。
これが、一般ピープルのETEKOにしては、多いのか少ないのかは分かんないなあ。
でも、100人ぐらいは、毎日、etekoのブログをチェックしてくれる人がいるよ。
これには、感謝、感謝だよ。
人に媚びるって言う事ができないetekoだよ。
かかありになった人の、大多数は、etekoの敵になって、嫌うんだなあ。
そこまで人を嫌ったり、憎しんだり出来るのかと思うほどだよ。
もちろん、そんな奴らとのお付き合いはなくなっちゃうよ。
そしたら、本当に、etekoは一人ぼっちになっちゃったよ。
それが、etekoの人生なんだね。
10月5日は、ナカちゃん四十九日法要だった。
10時30から、専照寺で、10時30からだった。
etekoは、施主なんっで、10時前に廃校と思ってたけど、10時ぎりぎりなっちゃったよ。
朝の、6時頃には起きてたんだけど、桜川のボロ屋敷でいろいろやってたら、家を出るのが、9時40分頃になっちゃったよ。
ああー、だよ。

専照じに向かった。
家から、6号国道を走った。
この時間だと、あんまりこまないと思ったんだけどね。
プチ渋滞だったなあ。


日立市役所の近くに来た時に、妹から着信。
今、どこだってさあ。
妹は、専照時の駐車場に着いてるみたい。
今、近くまで来てるって言う事で、スマホを切った。

10時頃に、専照寺の入り口に駐車場に着く。
入口の側の駐車スペースにプリちゃんを停めた。
その横に、軽自動車が止まってた。
妹と、大沼の床屋の息子しか来てなかった。
ナカちゃんの四十九日に参加するメンバーは、10時過ぎに、3人しかいなかった。
etekoが車を止めると、隣の軽自動車には、生花を頼んでた、大みかの石川花店の親父か゛車にいた。
あいさつした。
注文した、生花を受け取る。
全部で、1万2000円くらいだったかなあ。
お寺にあげる生花か゛8千円で、お墓にあげる生花が、4000円くらいだったかなあ。
生花を受け取る。
専照じに入る道は、ややこしいよ。
市役所の横のわき道を入ってくるんだけど、市役所がリニュューアルされたよ。
それに伴い、周りの道路も、新しく舗装されたりしたよ。
それに、市役所の6号国道に面したところが、駐車場になったりと、いろいろ様変わりしたよ。
以前も、6号国道から専照寺まで行く道は迷路だよ。
href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191006/22/eteko7335/e7/25/j/o1920108014608494775.jpg">

お寺さんで、拝んでもらった。
このお寺で、何回も拝んでもらったなあ。
ナカちゃんの四十九日に拝んでもらったけど、その先は、何年か先だろうなあ。
親父の兄弟も、みんな、80は過ぎてるからなあ。
その前に、etkoが拝んでもらうかもしれないなあ。

この日の参列者は、親父の兄弟関連が、3人。
ナカちゃんの弟の叔父さん関連が、3人。
そして、etekoと妹の2人。
みんなで、8人だった。
専照寺からは、高萩のお墓に行って納骨したよ。
この時には、親父の兄弟は、誰も来ないよ。
納骨は、etekoと妹と、高萩の叔父さん、叔母さん、娘の、5人だけで行ったよ。

専照寺は、住職さんとその息子が坊さんなんだなあ。
二人で、ナカちゃんの四十九日をやってもらったよ。
法要が始まる前に、息子の坊さんから、プチ情報を得たよ。
今日は、10月だって言うのにこの暑さです。
前にある扇風機の電源を入れてくださいだってさあ。
それと、今日はうちでやってる幼稚園の最後の運動会の日なんだってさあ。
運動会の日が、こんな暑くなっちゃったと心配してた。
専照寺は、山の斜面に建ってるよ。
その斜面の下の方に、幼稚園を経営してたんだなあ。
半世紀近くは、やってたのかなあ。
それが、少子化で、今年で閉園するみたい。
半世紀前は、この地域が、日立市で一番に繁栄してた場所だよ。
専照寺のしたの方に幼稚園がある。
その下に、宮田川が流れてるよ。
この宮田川は、直ぐそばの日立鉱山の方から流れてねよ。
この宮田川の両側には、車道が川に沿って、2本通ってるよ。
専照寺側の道路は、今は、常磐道の日立中央ICに行く道路になってるよ。
先を行くと、入四間とかの山越えで、ひたち太田市に続く道路になってる。
今は、こっちが本道になってる。
でも、半世紀前は、宮田川を越えた側の道路が本道だったよ。
ここの道路に沿った町は、昔は、新町と言われてたよ。
今は、宮田町て言う事になってるよ。
この新町で、etekoは、幼稚園に入る前の幼少期を過ごしたよ。
その時に、両親はこの町で、米屋をやってたんだなあ。
ちょうど位置的には、専照時とは、反対側だよ。
宮田川を挟んだ所で、両親は米屋をやってたんだなあ。
そこの近くには、共楽館もあるしなあ。
共楽館と言えば、あの幼少の頃、いろいろな映画をここで見たなあ。
記憶に残ってるのは、水戸黄門の映画を、ここで初めて見たよ。
水戸黄門は、悪役のあの俳優さんだなあ。
月形龍之介?だったかなあ。
黒澤映画でも、悪役で出てたなあ。
姿三四郎もそうだったようなあ。
そうだよ、etekoは、テレビの水戸黄門が始る、何年も前に、水戸黄門を見たよ。



日立市役所の裏にある専照寺で、ナカちゃんの四十九日を拝んでもらった。
それから、高萩のお墓に、ナカちゃんのお骨を納骨した。
高萩のお墓は、親父が亡くなった15年前くらいの後に、ナカちゃんが自分で建てた。
親父と一緒のお墓には、入りたくなかったんだろうね。
ああー、etekoの家は複雑だなあ。
etekoが死んだ時は、どっちのお墓に入るのかまともなのか。
よう分らんなあ。
結局、このままいくと、etekoは孤独死みたい。
いいやあ。
無縁仏でね。
あんまり悲しんでくれる人もいないしね。
