
4年前の今頃も、ナカちゃんは、日立総合病院に緊急入院してた。
etekoの両親は、日立総合病院には、随分、お世話になってきたなあ。
親父は、etekoが子供の頃から、喘息持ちで、町医者のお世話になってた。
ステロイド系の吸引する薬をてばされなかった。
その薬は、高価なものだったけど、1日も持たない時もあった。
いつも、げほげほやってた。
喘息の発作がおこると、町医者に来てもらって、大きな注射を打ってもらってた。
それでも、良くならない時は、日立総合病院への入院となった。
この喘息が、ちっとも良くならなかったのは、飲酒とタバコだと言うのは分かっていた。
その原因は、桜川のボロ屋敷を建てた時から、始まった。
その時は、etekoが、小学生の1年生の頃からだったか。
親父は、日立市の新町と言う所で、米屋をやってた。
新町は、日立鉱山の方から流れる宮田川に沿って、栄えた集落だった。
そこは、日立製作所の発祥の地だ。
もともとは、鉱山の方で栄えていた。
そこで、米屋をやってたものだから、実入りは良かった。
etekoが、5歳くらいの時に、親父の弟に、この店を任せて、親父はこの新町からは、南の多賀地区に、大きな二階建ての家と店舗を建てた。
この家を建てるにあたっては、親父は、全財産をはたいて大きな家を建てた。
それが、etekoの家族の悲劇の始まりだったなあ。
新町のお店は、弟に任せたけど、名義は、親父のままだった。
2年くらいしたら、茨食から、コメを卸した代金が、入金されない状態で何か月も経ってると言ってきた。
新町の店の名義は、親父のままだった。
弟に譲ったつもりでいた親父は、名義はその内に書き換えるつもりでいたみたいだ。
ところが、卸の方に、この弟が謝金を作ったみたいだ。
親父も、これには驚いた。
真面目に商売をしてれば、若い俺でも、こんな大きな家を建てらた。
その原資は、新町時代に、汗水たらして働いたおかげだ。
それが、卸しに謝金するなんて、どうなってるんだ。
その内に、家にチンピラが来るようになった。
弟は、博打にはまり、大きな借金を作たみたいだ。
その為に、首が回らなくなってしまった。
その借金の取り立てが、親父の方にも来たのだった。
弟は、弁天町にある実家の両親からも、お金を持ち出してたみたいだ。
あれから、etekoの悲劇が始まったんだなあ。![]()
お盆は終わったのかなあ。
8月に入ってからは、いろいろ思い出して、もやもや状態だなあ。
まとまりのない文章は、その内にまとめて、小説でも書こうと思ってるんだけど、etekoに残された時間はあまりないなあ。![]()