こんな事をやってた時もあるよ。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



この動画と言うか、etekoの演奏は、40年付かく前になっちゃうなあ。

正確には、35年くらい前かなあ。

etekoは、大学を卒業して、日立製作所の系列の子会社よりも下の孫会社かなあ、それよりも下の、ひ孫会社に拾われたよ。

あの頃は、1980年代だったかなあ。

就職難だったよ。

ただ、世の中は、バブルみたいだったよ。

バブルみたいだって言うのは、その時代に、オンタイムで生きてたけど、何の恩恵も受けなかったなあ。

ちょこっとは受けたのかなあ。


そんな時に、etekoは社会人となったよ。

地元の会社に就職できたよ。

でも、今となると、いろいろ分かってきたよ。

結局は、派遣の走りだったんだけどね。


日立製作所は、昔から、派遣みたいなことをやってたよ。

それも、明治の創業時代からね。
地元の農民たちを、安い給料で雇って発展してきたよ。

それでも、他の所よりは、まともだったみたいだけどね。


そんな会社の末端に、etekoは大学を卒業して、社会人になったよ。

そしたら、etekoの悲惨な社会人生活が始まったよ。

最初の1,2年くらいは、音楽活動がやりたくて、地元の社会人バンドに入って、活動してたよ。

そしたら、仕事がハード過ぎて、ギターも弾けなくなっちゃったよ。

バンド活動が出来なくなった頃に、ヤマハのシンセのDX-7が手出てきたよ。
思わず、買っちゃったよ。

自宅録をやろうと思ったよ。

シーケンサー、リズム・マシーンとかいろいろ揃えたよ。
100万くらいかかったかもね。

でも、それが最後だったなあ。

シーケンサーに、タカナかのバックを打ち込んだりしたよ。

そのバックに合わせて、ギターのラインを弾いてたよ。

その音源が、これしか残ってなかったよ。

この音源は、30年以上前だよ。

つくづく思うんだけどさあ、etekoって、30年以上前は、天才だったよ。口笛