実のもんたのよるバズ! の動画を久人ぶりに見てる。
この番組は地上波でやってるのかなあ。
みのもんたの労害ぶりをみるのはいやだけど、タイトルに「ケント・ギルバート」の名前があるので覗いてみた。
マスゴミの変更報道ぶりには、危機感を感じる。
でも、たまにはチェックしておかないとね。
特亜3国の工作がどのくらい入り込んでるのかとかチェックしとおかないとね。
よるバズ! の動画を聞きながら、昨日のスマホ写真を見ながら、消えてる記憶を思い出してみよう。
昨日は、etekoが20年ちょっといた会社の、部長さんだった ENさんに誘われて、Nさんの家に訪問した。
etekoが務めてた部署は、日立製作所の遠方監視装置と言う装置を設計する部署だ。
思い起こしてみれば、etekoが務めてた間に、部長さんは4人代わったよ。
3番目の部長さんが、ENさんだなあ。
ENさんもNさんも、ここの設計者だった。
etekoは、個々の部署で、CADの取りまとめをやってた。
まあー、会社にいた時は、二人に仕えてた身分だった。
とうに定年になっていた。
昨日は、二人に再会していろいろな話しを聞いて、会社にいた時の記憶がいろいろよみがえったよ。
ENさんは、78歳だって聞いた。
Nさんは、67歳だと言ってた。
Nさんは、定年後も、4日くらいは会社に行ってるみたい。
etekoの勤めてた会社は、日立エンジニアリング(株)と言う会社だった。
日立製作所の下請けみたいな会社だ。
日立製作所のもともとは、日立鉱山のふもとに、鉱山関連の電気機器の修理を請け負ってた明治の電気屋さんから発展した。
関東大震災の時には、日立市が関東の北のはずれにある為に、被災を免れ、電機メーカーとして、飛躍的に発展したみたい。
日立鉱山の山から海の方に向かう土地に、工場群を広げていった。
太平洋戦争の終わりの頃には、この工場群は軍事工場だと言う事で、B29の爆撃や艦砲射撃を受けて焼野原にされた。
B29は、こなかったのかなあ。
でも、アメさんの爆撃機が、日立鉱山の東洋一の大煙突を目標に飛んで来たと言う話も聞いたなあ。
後で、調べてみよう。
工場群は、日立鉱山の山から直線で太平洋に向かう平らな土地に建てられていった。
日立市の平らな土地と言っても台地だなあ。
山から海までの距離は2キロもないなあ。
日立市の地形は、伊豆半島みたいに山と海が接してる地形だ。
すこし、違うのは、海の境界は、20メートルぐらいの断崖になってるよ。
そこら低い山に向かって、なだらかな土地になってる。
低い山から太平洋に流れ込むいくつかの短い川の扇状地になってるんだなあ。
そのなだらかな土地は、山から海までは、直線距離にして、2キロもないよ。
そんな訳で、この狭い土地を横切る、大幹線は、海側を走る常磐線と245号線。
山側を走る6号国道しかないよ。
2本の国道は、一車線だよ。
その一車線も、これが国道かよと言うような幅の箇所もあるよ。
日立市内の国道と言うか、車道で、追い越し運転は不可能だよ。
最後に通った常磐高速は、日立市内は、山をくり抜いたはいくつものトンネルを走るようになってる。
長いトンネルを通り抜けて、外に出たと思ったら、又トンネルの入り口だよ。
そこは、山の切れ目になってる。
短い高架橋になってる。
橋脚の高さは、何メートルあるんだろう。
高いとこでは、100メートルはあるんじゃないかなあ。
これも、後で調べてみよう。
日立製作所の工場群は、JR日立駅の側から、いろいろな製品を製作する工場が、戦後の高度成長の波にのるようにして、常磐線の駅に沿って、南北に広がって行った。
南は、etekoが住んでる多賀地区に、常磐線に沿った海側の敷地に国分工場と多賀工場が建てられた。
多賀工場の敷地は、JR常陸多賀駅のホームと接してるよ。
多賀工場は、白玉家電の生産工場だった。
だったと過去形なのは、今は日立製作所じゃなくなっちゃったからね。
多賀地区の国分工場は、重電機部門の工場だ。
ここは、今も日立製作所だ。
国分工場の方は、発展して、間もなく、隣の大みか地区に大みか工場なんかの工場が建てられていった。
その後は、南にさかのぼって、東海工場、佐和工場、勝田工場、水戸工場などがつくられていった。
それぞれの工場で製造する製品は違っていた。
東海工場は、ビデオ・デッキとか生産してたけど、いまはどうなってるんだろう。
水戸工場は、エレベータなんかだったかなあ。
今は、どうなってるんだう。
etekoも、まともな?会社を辞めてから15年は経ってるよ。
いろいろ調べる事が多すぎるなあ。
会社を辞めてからは、ENさんとは、ゴルフなんかで付き合いがあったけど、Nさんとは、まったく付き合いがなかったよ。
大分前に、ENさんから、Nさんのとこに遊びに行くことになったんで、一緒に行こうと誘われた。
ENさん曰く、「俺ひとりで行っても、間が持たない。」、と言ってた。
ENさんは、それまでに、Nさんの近況の情報を聞いていた。
Nさんは、茨大生で音楽サークルに入っていて音楽をやっていた。
そこで知り合った女性が今のカミさんだ。
Nさんはドラムを叩き、かみさんはピアノを弾いていた。
それが、最近は、音楽活動を再会して、2ヵ月に1回、下北沢のライブハウスに行って音楽活動をしてると言う。
その動画をENさんに見せたいのだと言う。
それと、趣味で蝶々の採取と珍しい蝶々の養殖?もやってるので見に来てと誘われたみたい。
それに、建てた自宅の一階には、ドラムを叩いても音が外に漏れないスタジオ部屋も作ったと言う。
Nさんの家は、日立市からは、ちょっと遠い那珂市にある。
音楽繋がりで、etekoに声がかかったと言うわけだ。
てなわけで、昨日は、2度目のNさん宅 訪問となった。
昨日は、台原のENさんを、11時に迎えにいった。
Nさん宅に行く前に、飯でも食っていこうと言う計画だった。
Nさんが、おごってくれると言う事だった。
ENさんを拾って、Nさん宅へ、向かう。
ENさんに合うのも久しぶりだなあ。
あっでも、年始の挨拶に家に来たんだ。
あの時は、ゴルフ練習場のガラポンで当たった商品のリンゴの詰め合わせと、乾燥芋を貰ったよ。
それも、etekoが外に出かけようと玄関を出たら、ENさんの車が来てお土産を手渡してくれたよ。
ENさんは、地元ではetekoのブログを見てくれる唯一の人だよ。
あの頃は、etekoの体調もすぐれなかったから、様子を確認しに来たんだなあ。
付き合いのある人には心配をかけちゃうなあ。
最初に大みか駅に行ってと言われた。
取りあえずは、お土産に「大みか饅頭」を買っていきたいからと言われた。
そう言えば、前回もNさん宅に行く前に大みか饅頭を買っていったなあ。
デジャブだなあ。
そう言えば、ナカちゃんに、多賀の大みか饅頭の支店に良く買いに行ったなあ。
手土産とかお返しとか、大みか饅頭は付き物だったなあ。
お昼前だけど、道が混んでた。
ただ、時間に余裕があるから気にはならなかった。
大みか饅頭のお店は、大みか駅前のロータリーの所にある。
ここは丁字路の交差点になってる。
ここに入ってきたら、信号が黄色で点滅してた。
海側に伸びる車道の入り口は、赤いコーンが並べてあって規制がかかってる。
交差点の所には、警備員が立ってて、片側通行をやってる。
土曜日の昼間から工事やってるのと思った。
車が繋がってる。
大みか饅頭のお店の駐車場に入るのも出るのも面倒だよ。
久々に、このロータリに入ろうとしたので、出口の方から入ろうとしちゃった。
何とか、大みか饅頭の駐車場に車を止める。
ENさんが車を降りて、大みか饅頭を買ってくるのを待つ。
思った通り、駐車場をでるのに難儀した。
難儀というわけじゃあないけど、駐車場の出口は、左折しか出来ないよ。
そこが信号機の所だよ。
真向かいに、片側通行やってる警備員が立ってる。
警備員の合図で、車道にでたけど、今来た道を逆戻りして、6号国道に出た。
そして、6号国道を水戸方面に走る。
東海村の国道沿いにある中華料理やで、昼飯を取ることになった。
お店は、進行方向と反対側にある。
出る時は大変だなあと不安になる。
店に入ると小柄のおばさんが、片言の日本語で二人を案内する。
ここは、中華料理と言っても、台湾系みたい。
メニューを見て注文した。
ENさんは、冷やし中華と餃子。
餃子も具によって、5,6種類ある。

何とか麺に中華丼のセット。
何種類かの組み合わせを選べる。
メニューには価格が、880円て書いてあった。
注文が住むと、叔母さんがカウンター向こうの厨房にいる男?に、中国語で、注文を大きな声で言う。
何をいってるんだか分らん。
でも、自分達が注文した料理には違いない。
冷やし中華も餃子も聞き取れなかった。
大きな声の中国語を間地かで聞くのって初めてだなあ。


中華料理屋を後にして、Nさん宅の近くに来る。
まだ早すぎると言うので、ファミレスに寄って時間を潰すことになった。
ファミレスの名前は忘れた。
ドリンク・バアーで時間を潰す。
ENさんから、会社にいた人達の近況とか聞けて退屈はしなかった。
何年振りかで入ったファミレスだけど、ビックリしたなあ。
広い駐車場が、満車状態だよ。
店から一番離れたスペースに車を辛うじて止めたよ。

店に入った時、待たされるのかと思っちゃった。
店内は、満席状態だった。
直ぐに、奥の二人席に案内された。
eteko は、外食しないし。(貧乏でできないよ
ナカちゃんと一緒に外食したことあるけど、あれは日立市内だけだったなあ。
外食の店で、こんなに混んでる店に入ったことないなあ。
ENさん曰く、「この辺りの方が多賀より都会だなあ。」
etekoは、思ったよ。
日立市は高齢化が進んで、みんなファミレスで食事する元気もないよ。

ここにいるお客さんの中では、eteko達が、一番ご高齢かもと思ったよ。
